アンソロ(2025年4月~2025年9月)

「仕事だからやらざるをえない、それはわかる」佳代子の目は怒っているようではなく、これからバーゲンセールにでも出かけるかのような喜びに満ちていた。「だけどね、開き直ったらおしまいなのよ。仕事でやったとしても、悪いことをしたら、しっぺ返しがくる。というより、誰かを傷つけたら、それなりに自分も傷つかないと駄目だと思うの。仕事でつらいことをやらないといけない人間は、悶え苦しんでやらないと」(「モダンタイムス(下)」伊坂幸太郎)

「葉月先輩も、さつきも、見てるとイライラするんです。葉月先輩とか、正直私より下手じゃないですか。なのに、毎日楽しそうだから。私、上手くなるためにこの学校に来ました。みんなでわいわい馴れ合うためじゃなくて、一生懸命部活ができる環境が欲しくて、この吹部に入ろうと思ったんです。なのに、毎日むしゃくしゃしてばかりで。腹を立てる自分が間違ってるって、ちゃんとわかってるんです。だからずっと冷静でいようと努力してました。けど、さっきはなんか、我慢できなくて」(「響け! ユーフォニアム 2年生編前編」武田綾乃)

でもさあ、と友恵は言葉を続けた。軽薄な口調に、ほんの少しの苛立ちが混じる。「周りの目はちゃうやん。三年生なのにBでかわいそうとか、そうやって言われるやん。自分ではなんも思ってへんのに、勝手に同情の対象にされるやん。そういうの、ずっと嫌やった。やから、楽器を吹くのをやめてくださいって言われたとき、正直ちょっとほっとした。これで余計な詮索されんで済むんやと思った。……うち、結構ずるい性格してるやろ?」(「響け! ユーフォニアム 2年生編前編」武田綾乃)

下手な先輩は、存在自体が罪ですよ。本人が気にしなくても、周りは気にする。みんな、中川先輩にAになってほしいと思ってる。久美子先輩も、川島先輩も、優秀な後輩たちがあなたの活躍を望んでいる。それなのに、あなたはその期待に応えるだけの実力を持っているか怪しいじゃないですか。今年が最後のチャンスなのに、もしかしたら私のせいであなたはAじゃなくなるかもしれない。それがどういうことか、中川先輩は本当にわかっていますか(「響け! ユーフォニアム 2年生編前編」武田綾乃)

「何落ち込んでんの? 私らは今日、最高の演奏をした。それは事実やろ? それやったら、これまで私らのことを支えてくれたBの子らや保護者の人たち、そして何より指導してくれた先生たちのためにも、胸を張って帰るべきや。確かに私らは全国に行けへんかった。でも、演奏は間違いなくほんまもんやった。覚えてるやろ? 観客のあの反応!」優子の台詞に、うなだれていた部員たちが次第に顔を上げ始めた。拳を握り、優子は普段と変わらない溌溂とした声で語り続ける。「これまでの時間は、今日という日のためにあった。そして、私らはちゃんとそこで力を発揮することができた。反省は確かに大事なことやけど、落ち込む必要なんてこれっぽっちもない。私らはあの瞬間、間違いなく最高の演奏をした。そうやろう?」(「響け! ユーフォニアム 2年生編後編」武田綾乃)

コイツとは言ってないでしょ!……でも、まあ、コイツみたいにこっちが文句を言っても強引に止めてくれるやつが身近にいるといい。本気でアンタのことを想ってくれて、フォローしてくれるやつ。いっぱいいるでしょ、アンタには(「響け! ユーフォニアム 2年生編後編」武田綾乃)

学歴ロンダリングと自ら嗤いながら通信大学のハシゴをしているわけだが、私にとって社会的なつながりと言える場はコタツ記事ライターのバイトを除けばここにしかなく、世の中に一言で通用する肩書き、例えばプルダウンから選ぶご職業の欄に設定された選択肢、つまり会社員とか主婦とかになれない私は、40を過ぎても大学生の3文字にお金を払ってしがみついていた。(「ハンチバック」市川沙央)

私には相続人がないため、死後は全て国庫行きになる。障害を持つ子のために親が頑張って財産を残し、子が係累なく死んで全て国庫行きになるパターンはよく聞く。生産性のない障害者に社会保障を食われることが気に入らない人々もそれを知れば多少なりと溜飲を下げてくれるのではないか?(「ハンチバック」市川沙央)

「会長が決して雇わないのは、どのような人物ですか」すぐさま答えが返ってきた。「努力もせずに夢を見る人間だ」(「自伝(看守眼)」横山秀夫)

答えられないなら答えられないと言ってくれればいいんだ。そしたら納得する。答えられないようなトラブルを起こす機械とわたしは仕事をしている。答えられないようなトラブルを起こす機械をあなた達はあてがった。そのことを認めてくれればいいんだ。そのことを認めてさえくれれば、わたしはその理不尽と共存できる。(「アレグリアとは仕事はできない」津村記久子)

ミノベは、眉間を押さえてうつむいた。先輩の在り方。物事を悪しざまに言わない、焦らない、どんな時も他の社員の利益を優先させる、ということ。その深層にあった、何か呻きのようなものを、ミノベは聴いたような気がした。(「アレグリアとは仕事はできない」津村記久子)

彼女は名乗らなかった。それを無礼だとは思わなかった。町を歩いていて、とてもきれいで儚いものが道端に落ち、無神経な人間に踏まれそうになったのを、そっと拾いあげて守ったような、そんな気分が残っていた。しばらくのあいだ、それを大事に持っていたいと思っていた。(「誰か somebody」宮部みゆき)

彼女もわかっていたのだ。言われるまでもなく、心では知っていた。それでも、誰かの口からそう言ってほしかったのだ。わたしたちはみんなそうじゃないか? 自分で知っているだけでは足りない。だから、人は一人では生きていけない。どうしようもないほどに、自分以外の誰かが必要なのだ。(「誰か somebody」宮部みゆき)

ええやん、好きやなくたって。仲良しこよしじゃなくたって、同じ目的を持ってる子とならうちは本気で音楽やれると思う。それに、自分より上手い子に嫉妬するのは当たり前やん。でも、それをちゃんと認められるなら、うちはそいつを嫌なやつとは思わへん(「響け! ユーフォニアム 立華高校マーチングバンドへようこそ(前編)」武田綾乃)

ほんまにあかんのは、その現実から逃げることちゃうの。負けたくないと思うんやったら、負けへんように頑張るしかない。自分が立ち止まってるあいだに、ほかの子らは上手くなってる。悩んでる暇があるなら、その時間に練習したほうがよっぽどいい(「響け! ユーフォニアム 立華高校マーチングバンドへようこそ(前編)」武田綾乃)

どうして努力するのが嫌なんだろう。梓にはその感情が理解できない。練習したら、上手くなる。昨日よりも今日、今日よりも明日。自分が少しずつ伸びていくのを実感するのは、何よりも魅力的でおもしろい。(「響け! ユーフォニアム 立華高校マーチングバンドへようこそ(前編)」武田綾乃)

うちはさ、一人でいるのは全然ええと思うの。それは個人の自由やから。でも、他人を拒絶するのは違うと思う。他人と一緒にいて傷つくのが怖いからって一人で勝手に行動して、それで私は特別ですって顔してるのって、普通にカッコ悪いでしょ(「響け! ユーフォニアム 立華高校マーチングバンドへようこそ(後編)」武田綾乃)

「梓さ、昔からそうやったん?」「何が?」「人間関係。前からさ、そんなに極端なん?」(「響け! ユーフォニアム 立華高校マーチングバンドへようこそ(後編)」武田綾乃)

「つまりね、私みたいになろうとせんでいいの。ソロだって、梓がやりたいようにやればいい。実力がなかったら、立華でソロは任されへんよ。私はさあ、梓に私の真似をしてほしくてソロのポジションを託したんと違う。梓ならやってくれると思ったから、だから梓にソロを任せたの」(「響け! ユーフォニアム 立華高校マーチングバンドへようこそ(後編)」武田綾乃)

そして、仕事の話はたいがいおもしろい。自信満々な顔で、この仕事にはこんな美点があって、やりがいがあって、すばらしい、儲かるのです、と語るものよりは、話してる本人が、その価値があるのかなと思いながらも、なんとなく語ってしまうもののほうがおもしろい。そこには仕事の、表向きの顔ではなく、内向きのかすかな嘆きと平たい喜びがある。(「世にも奇妙な職業案内(枕元の本棚)」津村記久子)

「本当に深刻なことは、陽気に伝えるべきなんだよ」春は、誰に言うわけでもなさそうで、噛み締めるように言った。「重いものを背負いながら、タップを踏むように」それは詩のようにも聞こえ、「ピエロが空中ブランコから飛ぶ時、みんな重力のことを忘れているんだ」と続ける彼の言葉はさらに、印象的だった。(「重力ピエロ」伊坂幸太郎)

自分とあすかの友情は、これから先、いま以上の密度を持つことはないだろう。自分は、香織とは違う。信奉者のごとくあすかに心酔することも、自己を捧げることもできない。数年単位で集まって、ちょっと近況報告をする程度の仲。多分、それぐらいがちょうどいい。知人より少しグレードの高い友人関係は、いつか懐かしさとわずらわしさに書き換えられていくのだろう。でも、いまだけ。いまだけはまだ、自分たちは友達だった。ここにいるのは北宇治高校吹奏楽部の部長であり、副部長であり、パートリーダーだった。卒業後は価値を失う肩書を、忘れないでいたかった。(「響け! ユーフォニアム 10」武田綾乃)

こっちこそ、いままでありがとう。みんなが辞めたときに、吹部に残ってくれてありがとう。オーボエを続けてくれてありがとう。一緒に頑張ってくれて、ほんまありがとう(「響け! ユーフォニアム 10」武田綾乃)

未来は暗いかもしれないけど、卵と牛乳と砂糖は、よっぽどのことがない限り世界から消えることはない。あなたは、あなたとお母さんのプリンを、自分の力でいつだって作れる(「カフネ」阿部暁子)

それでもやっぱり私、思ってるのよ。あなたは産めたじゃない。しかも二人も授かったんだからそれくらいの苦労は当然でしょ、それなのに常盤さんにまで甘やかされてずるい。産まなきゃよかったなんて言うくらいなら、私にその子たちをちょうだいよ、って。全部わかってるのにそう思ってしまうような女なの。だから気にしないで。──ありがとう(「カフネ」阿部暁子)

でも、薫子さんを見ていると思います。この人は、生きていくことには価値があると信じているんだなって。もしも子供を持ったら、その子を幸せにするために全力で闘うんだろうし、こんな人のところに生まれる子供はもしかしたら、「生まれてきてよかった」と思うのかもしれない(「カフネ」阿部暁子)

このまま母親といて、この子たち、ちゃんと毎日ごはん食べて将来はあれになりたいとか好きに思うことができるんですか。傷つくとか甘ったるいこと言ってないで、現実的にこの子たちのためになることをするのが大人の仕事じゃないんですか(「カフネ」阿部暁子)

誰だって好きで生まれてくるわけじゃない。勝手に生まれさせられて、どこでどう育つかも、どんな目に遭うかも選べない。だったら死に方は自分で選んでもいいと私は思う。命も人生もその人だけのものなんだから、それくらいはゆるされていい(「カフネ」阿部暁子)

「飛び抜けていいものを作ろうと思うなら、絶対的な決定権を持つ人間を一人置いておくべきやとアタシは思う。みんなで決めた、は責任の分散にはなるやろうけど、なあなあの判断になる可能性が高い」「自分が判断に関わることで、人任せでなくみんなで音楽を作るんやって自覚が芽生えるパターンもあると思うけどな。とくに、先輩と後輩に挟まれた二年生部員は宙ぶらりんな立ち位置になることが多いから、できればいろいろと核となる事項には関わらせてやりたい」(「響け! ユーフォニアム 11」武田綾乃)

「ぴったり同じってことはないやろうから、そもそもその仮定自体がナンセンスやとは思う。でも、もしほんまにそんなことがあったら、アタシは後輩に出てほしい」「それはなんでなん?」「経験を来年につなげられるから。ま、いちばんいいのはもちろん、三年生が後輩を圧倒した実力でA入りすることやけど」(「響け! ユーフォニアム 12」武田綾乃)

「緑、こう思うねん。いまの緑たちの毎日は種まきみたいなもので、未来の楽しみをいっぱいいろんなとこに埋めてるんやろうなって」たとえばね、と緑輝が嬉々として言葉を続ける。「大人になった葉月ちゃんがテレビを見てたら吹いたことのある曲が流れたり、お出かけ中に街なかで演奏してる子供を見かけたりするわけやん。そしたら、懐かしいなーっていまの時間を思い出すやろ? 緑たちが一緒に過ごしてきた時間は大人になっても生活のいろんなところに眠ってて、生きてるだけどんどん掘り起こされていくねん。それってなんか、お宝を埋めてるみたいで素敵やなぁって思わん?」(「響け! ユーフォニアム 12」武田綾乃)

後悔も、失敗も、自分でつかみ取ったものならば、きっと悪いだけのものじゃないはずだ。悲しいだけの思い出には、決してならない。「努力は、周りを納得させるためにするんじゃない。自分が納得するためにするものだって、私は思ってます。」(「響け! ユーフォニアム 12」武田綾乃)

本に書いてあることはたいてい、でたらめだ。目次と定価以外全部嘘だ(「陽気なギャングが地球を回す」伊坂幸太郎)

あいつはさ、だいたいが先の先まで考えているんだよ。高校生のころからそうだよ。教師が最初の一言を発した時点で、結論まで頭に浮かべるタイプだったんだ。一を聞いて十を知るとはあいつのことだな。一を聞いて十を知って、それでもって一から十の間に素数がいくつあるかとかそんなことまで先回りして考えるような奴だ(「陽気なギャングが地球を回す」伊坂幸太郎)

シゲルは、べつに関心を持って欲しいわけではないので、そのことに形のある不満を持ってはいなかったが、電車などで若い男が、何の虚勢なのか知らないが、この世界で起こっていることは、このきわめて重要な自分にとって何一つ重要ではないとでも言いたげに、洞穴のような目で中空を見回しているところを思い出させるような父親のふてくされた態度には、いい年して気持ち悪い、という印象を持っていた。(「サイガサマのウィッカーマン(これからお祈りにいきます)」津村記久子)

あなたが不安と共存しながらも幸せに過ごせることを願っています。心配するのをやめろと言われなくてよかった、と作朗は思った。(「バイアブランカの地層と少女(これからお祈りにいきます)」津村記久子)

角を曲がる前に一度だけ振り向くと、片山さんが千里を抱きしめていた。片山さんの腕の中で、千里がどれだけ妙な顔をしているか、いつみには手に取るようにわかる気がした。きっとばつが悪いだろうからやめてやれ、といつみは思った。その子はまだ、あなたほど自分の心の隙をもてあましてはいないんだ、誰かを抱きしめるだとか誰かに抱きしめられるだとか、それだけで何かが変わると信じられるほど、その子の心に穴は空いていないんだ。(「まともな家の子供はいない」津村記久子)

男らかって無責任やないのか。女の子らをさんざん失礼な品定めにさらして、気に入った子がおったらもてはやして、君はかわいいからぼくらがうまくやったるしなんも考えんでええって。そうやって、自分でなんとかせなあかんという気力をそいでいく。いや、あの子がそういうふうに言われたわけやないけども。そういうことに、何の呵責もないんやろか(「八番筋カウンシル」津村記久子)

べつに、自分のこれまでの人生を悔やんだことなんて一度もない。ただ、喪失感なんてものが微塵も湧かないことに、どこか寂しさを覚えている。夏紀の中学校生活は、自分のために過ごした三年間だった。自分の時間を他人に盗られるのは嫌だ。だけど、すべての時間を自分に費やし続けるのはどこか虚しい。そうなりたいとはちっとも思わないけれど、それでも心のどこかで希美のような学園生活に憧れている。わずらわしくないことを理由に選び続けた道は、障害物がなさすぎて、振り返っても味けない。(「飛び立つ君の背を見上げる」武田綾乃)

「みぞれは飛びそう」「あー、やっぱ希美もそう思う?」「飛べへんかもしれんって思いつきもしなそう。優子も飛ぶタイプやと思う。あの子はガチガチに地上で練習してから、満を持して空を飛ぶタイプ。で、夏紀に『いまどき地面歩くとかダッサ』とか言うてくる」「そんな喧嘩売られたらムカつくからうちも飛ぶわ」「夏紀はさ、優子となら空を飛べるタイプやな」アハハと笑い混じりに告げられた台詞に、夏紀は一瞬息が止まった。(「飛び立つ君の背を見上げる」武田綾乃)

うちがいい人に見えるんは、優しいからでも性格がいいからでもない。ただ、無関心だったから。どうでもいいって気持ちを、みんなが寛大やと誤解してる。うちは絶対にいい人なんかじゃないのに(「飛び立つ君の背を見上げる」武田綾乃)

アンタがどう思ってるかなんて、それこそどうでもいいっての。優しくされたほうはうれしくて助かって、頑張る理由になった。だからアンタに感謝してるの。こっちの感謝をねじ曲げようやなんて、それこそ身勝手な理屈やな(「飛び立つ君の背を見上げる」武田綾乃)

「自分で選んだつもりでも実は誘導されてるってやつ。たとえばAとBの二枚のカードがあって、Aを選んだら『ではAのカードを使いましょう』。Bを選んだら」 「『ではAのカードを私がもらいましょう』。どっちを選んでも、手品師はAのカードで手品を見せる」(「ノッキンオン・ロックドドア」青崎有吾)

でも、と私は思う。<信念>はプラスに取られやすいが、実はニュートラルな言葉だ。悪い信念も、間違った信念も普通にある。それでも誰かが拍手する。えーするか? と私は思うのだけれども、それに他の誰かが続くと、拍手の波は少しずつ広がっていく。信念に基づいて後輩にモラハラをした女性は、目を見開いてじっと立っている。まさに信念だ。信念の権現だ。(「うどん陣営の受難」津村記久子)

これはただの私の経験則だが。信頼できる友人が突拍子もない行動を取ったとき、そこにはきっと、誰かへの優しさがある(「ノッキンオン・ロックドドア2」青崎有吾)

私だって分かっているわけではない。ただ、人間には選択する瞬間がある。決断の瞬間だ。フォワードが大事な試合で、ペナルティエリアに入り、シュートに行くのかパスをするのか、それも決断の一つだろう。その時、試されるのは、判断力や決断力ではなく、勇気なんだと思う。決断を求められる場面が、人には突然、訪れる。勇気の量を試される(「PK」伊坂幸太郎)

「じゃあ、私はどうすればいいんだ。大きな力が、私たちを動かしているのだとしたら、私の意志や決断に意味があるのか」「簡単だよ。何をしても、大きな影響がないんだったら」「だったら?」「子供たちに自慢できるほうを選べばいいんだから」(「PK」伊坂幸太郎)

「一番怖いのは、人や社会に対する恨みをこつこつ溜め込んで」こつこつと言われると、不断の努力や貯金を指すかのようだ。「そこから溢れ出たものが、ネット上に洩れているような人だよ」(「サブマリン」伊坂幸太郎)

「そういう曲でも作ったらどうですか」わずらわしいために僕は投げ遣りに言った。「どういう曲だよ」「分からないですけど。『放っておけば争うに決まってるんだから』とかそんな曲名で」(「サブマリン」伊坂幸太郎)

僕の気持ちが見えたのか、陣内さんは、「武藤、おまえだって分かってるだろ。世の中で騒がれている事件の犯人は、たいがい、本人もどうしてそんな事件になったのかよく分かっちゃいない」と肩を小さくすくめた。「おまえはどうせ、涎を垂らしながらアクセルを踏みまくって小学生を撥ねて殺した、人喰いタンクローリーのお化けみたいなのを想像していたんだろうが」(「サブマリン」伊坂幸太郎)

「おじぃがあっちでヤキモチやくよ〜」「なんで〜おばぁが幸せならおじぃも喜ぶはずよー」(「沖縄で好きになった子が方言すぎてツラすぎる 4」空えぐみ)

俺たちは焼き鳥の肉なんです。モツ、皮、軟骨、みんな違うんですけど、井上さんっていう串がぐさりと刺さっているんですよ。共通の知人は、井上さんだけ。で、すぽっ、と串抜いちゃうと、もう、ばらばら(「首折り男のための協奏曲」伊坂幸太郎)

生きていて人が自分自身に感じることは、だいたい、腹立たしさと、まあよくやったよ、という気持ちの繰り返しだと思うのですが、わたしに関してはやはり、どうも腹立たしく感じることが多いので、いろいろ考えた末、今の自分を腹立たしく思うであろう未来の自分を「間抜けで文句言いの疲れた客」とみなすことにしてみました。もはや明日の自分は今日の自分と同じ人間ではなく、ちょっとしたことで怒る、疲れている客と仮定して、今の自分は、その人を接待しようとしている、と考えるようになりました。(「くよくよマネジメント」津村記久子)

会話をさりげなくせき止めて、自己像をばら撒くという行為は、野暮なことですし、他者がその人自身の物語に、誰をどう描くかは、その人自身の判断でしかありません。だからこそ人間は、親切な人だと思われたければ人に親切に、きれいな人だと思われたければ身ぎれいに、楽しい人だと思われたければ表情や声の調子に気を配ります。それらはけっこう手間のかかることです。ですが、その手間を惜しんで手に入れた評価なんて、とても儚く忘れ去られやすいものであるように思えるのです。(「くよくよマネジメント」津村記久子)

あるいは、フレーズに主導権を取らせているうちは、まだ子供が言葉と振る舞いを学んでいる段階といえるのかもしれません。「本当に自分はそう感じるのか?」「本当にそう思うのか?」と、臆せずに自分に問いかけるようになることは、大人になってこそ身に付く勇気であり、自分を導いてきた無数の「言葉」に対する誠実さなのではないかと思うのです。(「くよくよマネジメント」津村記久子)

小説を未読で、この解説から読み始めている読者にとっては、何のことかわからないかもしれないが、先に結論を述べてしまうと、小説とはベテルギウスなのだ。(中略)『ホワイトラビット』は、"ブラックホール化する(した)ベテルギウス"であり、夜空に浮かぶ星のひとつである。しかしそれは、今も実在するかどうか定かでない星のように我々を照らす「変な小説」だ。(「ホワイトラビット」伊坂幸太郎 の解説 by 小島秀夫)

「ぼくな、絶対、アリサ作戦を成功させたかった」淳也の顔はすがすがしい。「約束したことをちゃんと守っても、それでも変わらん人がおるってことを、麻利に知ってもらいたかった」(「世界地図の下書き」朝井リョウ)

でもおかしいよね。恋人と別れて悲しいって思うより、周りの反応を気にしてる。その時点でさ、ずっと前から俺たちは終わってたんだなって思う(「オルタネート」加藤シゲアキ)

嘘つけや、一回ギターやったやつが今はもう好きじゃなくなりましたなんて聞いたことないで。不可逆やで、音楽は(「オルタネート」加藤シゲアキ)

だって、加賀のお父さんが情けないかどうかは、人それぞれが感じることで、誰かが決められることじゃないんだ。「加賀の親父は無職だ」とは言えるけど、「情けないかどうか」は分からない。だいたい、そいつらは、加賀のお父さんのことを何も知らないんだ。だから、ちゃんと表明するんだ。僕は、そうは思わない、って。君の思うことは、他の人に決めることはできないんだから(「逆ソクラテス」伊坂幸太郎)

でも 朽ち果てた祠とか 昔から手の入った登山道とか 山と川の隙間に入り組んでる町並みは箱庭っぽくてちょっと好きかも これは歴史が作り出した景色だよね 私は私で楽しんでるよ(「ヤマノススメ 15」)

根拠のある自信は、ときに根拠ごと倒れる。だが根拠のない自信は無敵だ。俺には自信があるが、根拠などなにもない。経産省に入省したことも、東大卒であることも関係ない。俺は俺だ。だから自信がある。(「ブレイクショットの軌跡」逢坂冬馬)

私も失敗するつもりはありません。だけど、迎合するつもりもない。相手はマスコミではなく、その向こうにいる市民、そして犯人です。それが飛んでしまうと、どうやっても失敗する。六年前に私が学習したことです(「犯人に告ぐ(上)」雫井脩介)

ルールが不合理ってこともある。そういう場合は、守るのでも違反するのでもなく、変えたい(「ブレイクショットの軌跡」逢坂冬馬)

実のところ、連鎖的に動く台上のすべてを把握するなど、世界王者にも不可能だ。問題は、己の意思で迷いなくカオスを生じさせ、それを楽しむことにある(「ブレイクショットの軌跡」逢坂冬馬)

だが、ネットを使って数百万人に語りかけ、そのうちの何十万人かをカモにする、という手法を採る場合、むしろある程度の隙を残したコンテンツを提供し続ければ、それでもこちらを信じようとする、判断力に乏しい連中だけが有料サロン登録者や対面の受講生として残る。大量のカモを育てるには、「負の足切り」とでも呼ぶべきポイントが必要で、志気にとっては、隙だらけの経歴とコンテンツがそれだった。 (「ブレイクショットの軌跡」逢坂冬馬)

ブランドバッグ一つでそこまで軽蔑されてはたまらなかったが、反論はしなかった。霜月りさ子はブランドバッグを欲しがっていた。正確に言えば、欲しいと言ったことがあった。どこまでが彼女の本心かは判断できないけれど、僕と彼女の会話の思い出の中に、「ブランドバッグ」の話題があるのは間違いなく、それを忘れないでいることは大事なことに感じられた。もちろんその大切さを第三者に、繭美に、理解してもらおうとは思わない。(「バイバイ、ブラックバード」伊坂幸太郎)

世の中にはあまりいいことがなくて、それが普通で、だからあんまり人生に期待していない、って人を、少しでもはっとさせたいじゃないか。(「バイバイ、ブラックバード」伊坂幸太郎)

「シルクロードって、地球の上を旅しているみたいな気になるでしょう。東の果てにいながら西の果てのことを思うのは、何か地球半分抱きかかえているような感じで」与希子は胸の前で抱き抱えるポーズをつくった。「いいのよねえ」なぜ西にこだわるの。「さあ。マーガレットが東を探そうとしているのと似ているかも。マーガレットも、自分の中の極東を探そうとしているのかも」いつのまにか紀久が機の手を止めて、「そうね、人は何かを探すために生まれてきたのかも。そう考えたら、死ぬまでにその捜し物を見つけ出したいわね」(「からくりからくさ」梨木香歩)

私はそこの土地で採れる作物のような、そこの土から湧いてきたような織物が好きなの。取り立てて、作り手が自分を主張することのない、その土地の紬ってことでくくられてしまう、でも、見る人が見れば、ああ、これはだれだれの作品、っていうようにわかってしまう、出そうとしなくても、どうしても出てしまう個性、みたいなのが好きなの。自分を、はなっから念頭にいれず、それでもどうしてもこぼれ落ちる、個性のようなものが、私には尊い(「からくりからくさ」梨木香歩)

生きて生活していればそれだけで何かが伝わっていく 私の故郷の小さな島の、あの小さな石のお墓の主たちの、生きた証も今はなくてもきっと何かの形で私に伝わっているに違いない。今日のあのおばあさんが、私が教えたと繰り返したように。私はいつか、人は何かを探すために生きるんだといいましたね。でも、本当はそうじゃなかった。人はきっと、日常を生き抜くために生まれるのです。そしてそのことを伝えるために。(「からくりからくさ」梨木香歩)

「バカタレ! ジジイに気ぃ遣わねえで本当に好きな曲歌わんかい。」「………」「なんの曲ですか、コレ。」「アニソン………?」「美人の音痴ってグッとくるものがあるよなぁ。」(「路傍のフジイ 3」鍋倉夫)

「一つのものを他から見極めようとすると、どうしてもそこで差別ということが起きる。この差別にも澄んだものと濁りのあるものがあって、ようこ」おばあちゃんは、何だか怖いぐらいにようこをじっと見た。「おまえは、ようこ、澄んだ差別をして、ものごとに区別をつけて行かなくてはならないよ」おばあちゃんの様子で、ようこはよく分からない言葉でも心に刻んでおかなければならないものがある、と感じている。「どうしたらいいの」「簡単さ。まず、自分の濁りを押しつけない。それからどんな『差』や違いでも、なんて、かわいい、ってまず思うのさ」(「りかさん」梨木香歩)

だが、許せないと思う。自分はこんなもの、と、ここで高みから悟って自分を受け入れ、達観してはいけないとも思う。今、この状態でその作業にかかれば、それは逃げだ。許せない思いをずっと抱え続けねばならないとと思う。(「りかさん」梨木香歩)

田原君は助けられない。僕は言葉には出さなかったが、内心で強く言い切っている。全員は無理なのだ。全員を助けようとしてはいけない。偽善者め! 何者かが、僕に向かって怒ってくるような気持ちになる。これは善行ではなく、営業活動なのだ、と自らに言い聞かせる。(「火星に住むつもりかい?」伊坂幸太郎)

お前がもし悪に染まりたいなら、善を絶対に忘れないことだ。悶え苦しむ女を見ながら、笑うのではつまらない。悶え苦しむ女を見ながら、気の毒に思い、可哀そうに思い、彼女の苦しみや彼女を育てた親などにまで想像力を働かせ、同情の涙を流しながら、もっと苦痛を与えるんだ。たまらないぞ、その時の瞬間は! 世界の全てを味わえ。お前がもし今回の仕事に失敗したとしても、その失敗から来る感情を味わえ。死の恐怖を意識的に味わえ。それができた時、お前は、お前を超える。この世界を、異なる視線で眺めることができる。(「掏摸」中村文則)

けれどそうして考えるたびに、まぶたの裏側には、あの春の光の中で彼女の見せた今にもこわれそうなまなざしがよみがえるのだった。そんなとき僕は、目の前にあるものを片っ端から握り潰し、引き裂いてしまいたいという荒々しい思いを必死でこらえる。その甘やかにして凶暴な感情はつまり、あのとき腕の中の彼女に感じた想いを、1対無限大の比率で相似形に引き伸ばしたものだった。(「天使の卵」村山由佳)

人間の精神が持っているこの残酷なまでの順応の速さが、僕にはいま、底なしに恐ろしく思えた。春妃がいなければ生きては行けないとまで思いつめている僕がいる一方で、もう一人の僕──親父を亡くした時ほっとしたほうの僕──は、それでも生き残ろうと必死にもがき、あがいているのだ。いったいどっちが本当の僕なのだろう? わからなかった。(「天使の卵」村山由佳)

たいていの場合、個人や集団の中で混沌としていたものが、その対立関係がその境界が、にわかにクリアーに突出してきたような気がする。さあ、おまえはどっちなのだ、と日本は迫られ、個人も迫られ、そのたびに重ねて行く選択が、知らず知らず世の中の加速度を増してしまう。いいとか、悪いとか、いう二分法ではないところで、私たちはうかうかとこの世界の加速度を増してゆく何かに荷担していってしまう。境界をクリアーに保ちたいと動いてしまう。ただ、わかっていることは、クリアーな境界に、ミソサザイの隠れる場所はないということだ。蛇の隠れる場所もないかわりに。それは皆、わかっているはずなのに。(「ぐるりのこと」梨木香歩)

連中らは面子だとか俠気だとか大層なことを言うが、それは上っ面だ。相手を怯えさせるための暴力があの屋敷の中に霧のように漂っている。昔郷里で感じた、純粋な力と力のぶつかりあいはあそこにはない。力が、せせこましい処世と交渉の道具に成り下がっている。(「ババヤガの夜」王谷晶)

でも、だからこそだ。菜々子は絶対にうなずくことができなかった。普段ほとんど自己主張しない子が、自ら山藤で野球がしたいと言ってきた。そもそも「母親に迷惑をかける」という考えが気に入らない。息子が人生を賭してやりたいと願うことを、迷惑と感じる親がどこにいる。(「アルプス席の母」早見和真)

いかなることも理由は理由であるけれど、言い訳にはならへんよ。(「アルプス席の母」早見和真)

その自分が、こんなにも打ちひしがれている。なんて尊大で、自分勝手なのだろう。「本人が楽しければいい」という思いこそが、そもそも当然のようにピッチャーとして投げている、せめて試合に出ていることを前提としてのものではなかったか。これまでの航太郎の野球人生の中にも、当然のことながら試合に出られない子はたくさんいたのだ。その子たちにも親がいた。彼ら、彼女たちは、どんな気持ちで子どもの練習を手伝っていたのだろう。(「アルプス席の母」早見和真)

「いいや、そうではないよ。ただ理解してほしいだけだ。『私がこうなったのは、私のせいではない』とね」京一はなんとか立ち上がろうとする。だが体に力が入らない。「人を形成するのは『生まれ』か『育ち』か。古来より人類が抱える命題だ。私は『生まれ』がすべてだと思う。遺伝子がその者の運命のすべてを定める。どう生き、どう死ぬかを」(「一次元の挿し木」松下龍之介)

誰にでも、本当の意味で自分の人生を生きる時期が必ずどこかで訪れるのだと思います。それは人によっては人生の大半かもしれないし、あるいは数年、数日、もしくはほんの一瞬かもしれない。それが過ぎ去ってしまえば、あとはその思い出を人生の伴侶として日々を浪費するだけ。悠さんならわかりますよね(「一次元の挿し木」松下龍之介)

昔の人はそうやってサファイアの向こうに龍を見ていたんだろう 瑠璃は石の向こうに何が見える?(「瑠璃の宝石 アニメ第6話」)

「不思議ですね、あなた方は。」「えっ…」「昨日の麻衣さんもおっしゃっていました。『本当に良いの?』と。誠の、己の思いはどうなのか、という意味ですよね。」「はい…」「考えたこともありません。己がどうあればお役に立てるか。それが全てです。あなたは違うのですか」(「Turkey! アニメ第6話」)

歴史の鉄則だ。先に攻撃させる。戦争は常に、相手に先にやらせてから始めるものだ。(「教団X」中村文則)

神とは、恐らくこの世界、宇宙の仕組み全体のことです。だからこの世界の成り立ちそのものを神と呼んでいい。世界の偉大な古き宗教は、それぞれの文化によってその神の見え方が異なっているだけです。神に祈る。それはだから、全てに対して祈るということです。自分以外の全てに。いや、自分、というものも本来は存在しない。我々の身体は常に原子レベルで入れ替わっていて、常に交換し合っているのだから。だからこう言い換えることもできる。神に祈ることは、自分も含めた全てに対して祈ることなのだと。(「教団X」中村文則)

あいつが従っているのは自らの信条だ。それとルールが一致して動いているうちは、規律を重んじる優秀な警察官にみえるというだけだ(「失われた貌」櫻田智也)

小論文という作業で求められているのはまさにそれだった。内に溜め込んだものを短くまとめて書け。人生をかけて構築してきた自分自身を式にして答えを導け。紙に文字を書け。創れ。産み出せ。〝お前の精神に貸したものを、現実に返せ〟。(「小説」野崎まど)

私は取り返しのつかない場面を突きつけられているような気持ちになり、目の前が霞んで見えた。でも、決して視線を逸らさなかった。私は見届けなければいけないのだ。彼女が死ぬために生きようとする姿を、この目に焼きつけなければならなかった。(「イノセント・デイズ」早見和真)

下北沢から百八十円! 百三十円しかねえの。西永福までしか乗れなかった。金落ちてないかなって、ずっと下見て歩いたんだけど、落ちてないもんだな。クソだな。クソも落ちてねえぞ。ニッポンはキレイだぜ(「明るい夜に出かけて」佐藤多佳子)

そして梨花は気づく。にぎやかな飲み会の最中、学生のころを思い出したような気がするけれど、本当は違う。私は学生のころあんなふうに騒いだ記憶なんかない。気楽に酔っぱらって笑い合った記憶なんかない。私は学生のころを思い出したのではなくて、学生のころ想像した風景を思い出しただけなのだ。(「紙の月」角田光代)

そうして梨花は、ようやく、自分の身に起きたすべてのことがらが、進学や結婚は言うに及ばず、その日何色の服を着たとか、何時の電車に乗ったとか、そうしたささいなできごとのひとつひとつまでもが、自分を作り上げたのだと理解する。私は私のなかの一部なのではなく、何も知らない子どものころから、信じられない不正を平然とくりかえしていたときまで、善も悪も矛盾も理不尽もすべてひっくるめて私という全体なのだと、梨花は理解する。(「紙の月」角田光代)

ぬか床を搔き回すときだけ、女は本音の顔を見せていたのかも知れない。嫌いな相手のときは般若のような、気に入っている相手のときは慈愛に満ちた……。(「沼地のある森を抜けて」梨木香歩)

──じゃあ、そう、こんな風に考えるのは? 富士さんはゆっくり言葉を選びながらいった。──世界は最初、たった一つの細胞から始まった。この細胞は夢を見ている。ずっと未来永劫、自分が「在り続ける」夢だ。この細胞は、ずっとその夢を見続けている。さて、この細胞から、あの、軟マンガン鉱の結晶のように、羊歯状にあらゆる生物の系統が広がった。その全ての種が、この母細胞の夢を、かなえようとしている。この世で起きる全ての争いや殺し合いですら、結局、この細胞を少しでも長く在り続けさせるために協力している結果、起きること。単なる弱肉強食ということではなく。全ての種が、競い合っているような表面の裏で、実は誰かが生き残るように協力している──たとえその誰かが、酵母、とかであっても。生物が目指しているものは進化ではなく、ただただ、その細胞の遺伝子を生きながらえさせること。(「沼地のある森を抜けて」梨木香歩)

あれが子供のころでよかったと思う。あのころは寂しい会いたいという感情だけで、それを意味のある思考としてまとめることができなかった。だからまだマシだったのだ。あのころの寂しさや悲しさや惨めさを、しっかりとした言葉で組み立ててお城を建ててしまったら、わたしはそこに閉じこもって抜け出せなくなったかもしれない。(「流浪の月」凪良ゆう)

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