仙塩尾根・蝙蝠尾根

去年(2024年度)は夏休み以外に有給休暇を取れなかったので、丸1年以上ぶりに単発の休暇を取った。(いちおう会社のために補足をしておくと、24年度は5日間の夏休み=有給休暇の扱いになり、最低限度の休日が確保されたことになった。これは自分で選択したことである)

そんな珍しい休暇を取ってまでして目指す場所は、仙塩尾根と蝙蝠尾根、ともに未踏の百高山を擁する、それでいて歩くとなると相応の時間がかかる場所である。諸々のアクセスや登山道の情報(たとえば、伝付峠から早川の方に出るのはあまり得策ではない、など)を勘案して、今回は北沢峠から畑薙に抜けるルートを採用した。2日目の負担がなかなか大きいが、大半は林道歩きなので気持ちさえ切れなければどうにかなるだろう、と楽観的に決めた。


木曜夜に高遠まで出てきて、翌朝は路線バスで戸台パーク入り。路線バスがガラガラだったので舐めていたが、南アルプス方面へのバスは大混雑だった。平日ですよ? 皆さん仕事は… 皆さんも休暇ですかね… まあ向こう数日の天気図が良好だったので頷ける。バスは急遽出てきた追加の台数も加えて、計4台。その最後の乗客となった。

一気に飛んで、小仙丈ヶ岳。北沢峠からここまで、特にハイライトなし。あ、登山道で大音量で音楽を鳴らしている人が目立っていた、というのがあった。自分も林道歩きではBGMを付けることがあるが、あの音量はない。

いい稜線だ。

まずまずのペースで仙丈ヶ岳に到着。最近は軽量のハイクが多かったので、小屋泊の装備でも肩にズッシリと来る。ガスり気味で展望もあまり利かず、特に頂上の感想はなし。

仙塩尾根へ。英名はこの先表記ゆれが目立ち、SensiooneだったりSenshio-oneだったりしていた。

金曜が一番好天なのでは、とも思える天気図だったので、昼過ぎとはいえガスガスの大気には少し落胆。もう完全に夏だ。おそらく白峰三山が前方に見えているはずなのだがよく分からない。

大仙丈ヶ岳、伊那荒倉岳とピークを繋ぎつつ標高を落としていく。伊那荒倉岳は荒廃して少し物悲しい。

最低鞍部に当たる野呂川越。せっかく3,000メートルを越えたのに、ここまででまた2,200メートル台まで落とす。なんと勿体ない。平日だからなのか仙塩尾根だからなのか、仙丈ヶ岳から南はここまで誰とも遭遇せず。この先で一人だけ追い越した。(もちろん、北沢峠から仙丈ヶ岳までは多数)

疲れもあって目線は下に向かいがち。すると花々が癒してくれる。キバナシャクナゲだったり、

イワウメだったり。あとは仙塩尾根上にはイワカガミが多数咲いていた。

おぞましい登り返しを経て、ほとんど3,000メートル峰と言っていい三峰岳に到着。初日は歩行距離が短いという意識が強かったので、想像以上に疲れさせられることになってしまった。三峰岳は三県境としては日本最高所にあるらしい。(Swarm情報) なんとなく、ここが仙塩尾根の中間地点という感じがする。

そうしてせっかく上げた標高をまた熊の平小屋まで落としていく。目印はところどころにある迫真の「クマ」表記。


熊の平小屋到着。まだ営業開始前。ふと気になったのだけど営業開始前の小屋使用の場合は椹島のバスの利用対象外になるのだろうか? つまり今の時期はバスを使いたい人は椹島ロッジを使わないといけない?

営業開始前でも避難小屋が開放されていて、平日であれば広く使える。到着時にザックがすでに一つあったのと、その後も1~2人が来たような様子。柿ピーを頬張って、早めに眠りに付いてしまったのでよく分からない。

翌朝。歩いているその時はすっかり失念していたが、土曜日は夏至だった。それでもさすがに3時頃は暗く、三日月(とヘッデン)の明かりを頼りに仙塩尾根を南下していく。

最初の百高山ピーク、安倍荒倉岳は判然としないうちに通過してしまい、写真があるのは新蛇抜山から。不思議な名前。登山道からは少し外れたところにある。

見晴らしが良い。ということがギリギリ分かるくらいの明るさになってきた。塩見岳はまだまだ遠く感じる。

ここも百高山ピーク、北荒川岳。とても開けた場所で、360度の景色が素晴らしい。かつては野営地だったとか?

白峰南嶺の方から太陽が昇ってきそう。白峰南嶺は視界の左手にずっと意識していて、そういえば一昨年の秋に向こうを歩いたときも近付いてくる塩見岳の見え方が徐々に変わってくるのが面白かったなと懐かしく思い出す。

塩見岳の頂上にいる人はもう朝日が見えていそう。夏なりのモルゲンロート。

尾根の途中、あまりパッとしないところで出てきてしまった。

ハイマツと尾根筋の向こう、朝日にシルエットが際立つ。

仙塩尾根のクライマックス。別にここまでが消化不良ということもないが、何となく終わりよければすべて良し、と言いたくなる。それにしたっていい天気だ。金曜も朝はこれくらい晴れていたのかもしれない。夏は朝。清少納言は「夏は夜」と言うけれど。

イワカガミの群生と、歩いてきた山たち。

どういうわけか一輪だけ咲いていた。いやイチリンソウ属というのはネットの情報で把握しているけれどもそういうことではなく。他より早起きな株だったのだろうか。

北俣岳との分岐点に着いたものの、思いの外まだ塩見岳が遠い。ニセピークもいいところ。塩見岳の往復にはザックを持っていかないことにする。


まずは東峰の頂上に立って360度点検。荒川三山が目立つ。

富士山も淡い影となって浮いている。塩見岳は二度目で、前回来たのは初冬の空気が澄んだ頃だったので、そのときは名前の通り太平洋(潮=塩)を遠望できたのだが、今回はよく分からず。雲が湧き上がりかけていたのもあるだろうか。

西峰にも立つ。朝、新蛇抜山の付近で見渡したときに塩見岳を登っている人と思しきライトがちらっと見えた気がしたが、この時間に他の人の気配はしなかった。


これから目指す蝙蝠尾根。尾根というかほとんど蝙蝠岳を写しているようなものだけど。


下りは速いもので、あっという間に北俣岳分岐に戻ってきて、ここからは尾根を入れ替えて蝙蝠尾根にイン。いかにもアルプスっぽい大展望の中を気持ちよく歩いていると、塩見岳はいつの間にかずいぶん後ろに離れていた。


くいっと登り返す蝙蝠岳、そしてその向こうの荒川三山が近付いてくる。荒川三山は大御所の風格。日本6位は伊達じゃない。


振り返って何の気なしに撮った写真だが、やや湿り気を帯びたような巻雲が好みの感じになっていた。左手前が塩見岳からの蝙蝠尾根、中央右寄りが仙丈ヶ岳。右手は一番高いのが農鳥岳で、そこから手前方向に向かって白峰南嶺。のはず。


蝙蝠岳到着。富士山が前方に。難しいピークという情報が先行してしまっていたが塩見岳からの折り返しであれば割と達成しやすそう。実際に、蝙蝠岳の直前で一人とスライドして、その人は装備の雰囲気からして塩見岳方面からのピストンと推測された。以降、二軒小屋までは人の気配皆無。


荒川三山がどんどん格好良く見えてくる。そして左手の猫耳が気になる。位置的には池口岳とかではなさそうだし。


続いていく蝙蝠尾根。途中で少しだけ標高を上げているのは徳右衛門岳で、そこから先は左手に小さく見えている東俣までぐんぐんと標高を落としていく。

それにしても荒川三山からこんなに目が離せなくなるとは。という当時の声が聞こえてくるくらいにカメラの保存データに大量の荒川三山が残っている。百高山の制覇のためには4年前に取り逃がした(?)大沢岳を歩かないといけないので、大沢岳とセットで荒川三山も再訪するか?

蝙蝠岳を去り、尾根の深部へ。まだ7時半、早朝と言ってもいい時間にこの景色を後にするのは勿体ない。しかしここからが長いのだ。

森林限界の下は、普通の山道。何週間か前の記録では残雪に言及しているものもあったが、幸い雪の気配は完全になくなっていた。仙塩尾根も含めて、今回のルートでは、今シーズンはもう雪関連の装備は一切要らないだろう。道もピンクテープが比較的分かりやすく、黙々と歩いていけば着実に標高が落ちていく。写真は樹林帯のなかで心癒されたイワカガミ回廊。

樹林をかき分けて突如現れる構造物。中部電力の施設だとか。横の階段が登山道の一部になっている。

なんとか10時過ぎには林道に降りてくることができた。充分早いような印象を持つが、まだまだ先が長いのだ。本当に。

閉鎖中の二軒小屋はスルーしてそのまま林道を南下。一番最初に気付いた表示は沼平まで26.1kmのもの。これだけだと、なんだ26kmかという感じもする(?)が、今日の終点は沼平から5km先の白樺荘なので、都合32km以上の追加歩行なのだ。つまり、熊の平小屋から蝙蝠岳登山口(林道)まででは、距離ベースではこの日の計画の半分にも達していない。

とかなんとか、歩いている途中はあんまり考えていなくて(いや実際どうだろう、ヒマ過ぎて無駄な計算を色々していた気もする)、気が付けば椹島。あっさり着いた風にしているが、実際は暑さもありかなり疲労困憊だった。レストハウスでソフトクリームを〜と思っていたが、営業しておらず撃沈。ロッジの自販機は動いていたので、あえてカラカラにしていた喉にネクター(よくあるピーチの)とカルピスとメーカー不詳のコーラを連続で流し込んだ。生き返る〜。

一休みを経て、林道歩きを再開。林道と言っても椹島から先はほとんど舗装されているので、これがまた足に反発してきて苦しい。青に乳白色を溶かしたような不思議な色をしている大井川を横目に、黙々と歩く。黙々と。

中ノ宿の吊り橋を通り過ぎて(驚くことに自転車のデポがあった。ここから笊ヶ岳に行ったということ?)、

畑薙橋を渡って(暑い…)、

畑薙大吊橋を通り過ぎる。ここまで来れば終わったも同然。は言いすぎ。足に余裕があったら吊り橋の往復だけでもしようか、なんて計画段階でちらっと考えていたが、現場に立つとその気持ちは1ミリも湧いてこなかった。

残り1kmの表示に歓喜。歓喜できるのは、ゲートの先にも道が続くということに目を瞑れば、の話。

ゲートを越えて、そのまま畑薙第一ダムの突堤を渡っていく。大井川の上流はあんなに澄み切った清流なのに、途中で乳白色みたいになって、ここまで下ってくるともうすっかり濁っている。土砂とかの影響もあるのだろうか。茶臼岳や上河内岳の方(適当)を見納めて、歩行再開。

着いた。白樺荘あらため畑薙荘。いや、畑薙荘あらため白樺荘? ゆるキャン3期も終わってそこそこ経つ気がするけどまだここはゆるキャン一色。
この日は結局、約60kmの歩行となった。その内ちゃんとした(?)山道は4割程度といえど、ここまでの足への負担は昨年の尾鷲トレイル一撃に匹敵しそうだ。

白樺荘に泊まるのは初めて。朝夕2食付でなんと8,000円ですよ。安すぎる。アメニティも歯ブラシとフェイスタオルが付く。いやほんとに安すぎる。夕飯はこんな感じで、もちろん美味しい。

朝もまた美味しい。おにぎりにしてもらうorお昼用に作ってもらうとかのオプションもある様子。もう一人泊まりの人がいて、その人は早出なのか夜におにぎりを渡されていた。

というわけでここから後日譚。白樺荘に泊まってそこから先はどうすんの? バス?本数全然ないのに? タクシー?まさか。無論そのどちらでもなく、

歩く。

前日と異なり、もはや林道でもなんでもなく、正真正銘の車道を30km延々と歩く。白樺荘、畑薙エリアには先月の大無間山のときを含めて数回来たことがあるけれども、毎回バイクと共にだったので、まさか身一つでこの地に居ることになるとは思わなかった。日曜日だし、歩けるし、歩くか。

下り基調といえど直射日光が当たると身体には堪える。当然水は持っているものの、早く自販機が出てこないかな〜という意識がじわじわと広がってくる。白樺荘から約12km、最初の自販機は井川キャンプ場エリアにあった。キャンプ場の受付施設でアイスも売っていて、手は迷わずパピコへ。美味すぎる。

カロリーを摂取できたら歩行は再開。井川大橋を初めてバイク無しで探訪したり、

なんだかんだ初めて井川のビジターセンターを訪ねたり。ちょうどゆるキャンのPVの吊り橋のシーンが映っている。食事の気分ではなかったので、売店で飲み物だけ買った。

県道を一時的に離れて、井川ダム沿いの廃線路を歩く。人の気配も虫の気配も意外に少なく、静かで良い雰囲気だった。

廃線になって久しいはずながら、やけに新しい信号機が立っていて、これがまた不思議に点滅していた。たまたま青信号が点滅したときに撮れた一枚。

車道に戻って、接岨峡方面へ。いつもは静岡方面に向かう県道60号線に入ってしまうので、こっちの道はかなり久しぶりだ。

井川ダムから10km弱で接岨峡温泉に到着。もともとの予定では千頭まで歩こうとしていたのだが、せっかくだから大井川鐵道のアプト式にも乗ろう、と考え直し、ここらを歩行の終点とした。

運良く温泉を独り占め。ぬるっとした湯で、気持ちいい。上がる頃に賑やかな子連れがちょうど入ってきて、タイミングの妙を感じる。

湯上がりにゆるキャンサイダー。中身は普通のサイダーだけど、ゆるキャンの名前が入っているからか280円/本。まあ、これと普通のサイダーが並んでいたら、値段に関係なくこちらを取るんですけども。


まだ少しだけ歩行は残っていて、奥大井湖上駅を見に来た。撮り鉄(?)が展望スポットにちらほらいた。

奥大井湖上駅に向かう橋はレインボーブリッジという名前になっていて、線路のすぐ脇を歩いていく。ちょうど列車が通過して、ガタンゴトンという音が大迫力。撮り鉄はこれを狙っていたのかと合点する。

千頭方面への上り列車まで時間があったので、奥大井湖上駅のすぐ上にあるカフェで休憩。フローズンジュレが美味しく、みかん味ともも味があって先にみかんをオーダーしたのだが、結局ももも買うことになった。

最終の上り列車に乗って、大井川鐵道クルージング。窓が全開で大迫力。というかエアコンない? 真夏はしんどそう。(⇒調べたら千頭以北の井川線は冷暖房なしとのこと。夏もだが冬も相当にキツそうだ)

長島ダム駅で小休止。アプト式の機関車を連結している。

アプト式に引っ張られて急勾配を下りていく。前日に、あれアプト式って登りだけ?と不安になったものの、ChatGPTに下りは下りで制動のためにアプト式が重要なのだといなされてしまった。トンネル内はさながら何かのアトラクションみたい。

勾配のみならずカーブも急なので、先頭で頑張っている機関車もまとめて写真に入れることができる。

アプトいちしろ駅で機関車を切り離し。たった一駅区間のために連結して切り離して、というのは大変だ。いまの時代では観光的な側面もあるのだろうと想像するけど。線路上の黒いのがアプト式の歯車のような構造。


アプト式区間の後もダイナミックな車窓は続いて、ガタゴト揺られているうちに終点の千頭駅に到着。大井川鐵道といえばSLの運行も有名で、その繋がりなのか機関車トーマスとのコラボもされているようだった。右(ジェームズ)は分かるが左は分からん。千頭駅からは鉄道不通区間のバスと再度の鉄道を乗り継いで、金谷に到着。そして東海道を上っている現在に至る。

歩きたかった仙塩尾根と蝙蝠尾根。何だか尾根を終えた後の長い歩きに諸々を上書きされてしまったような気がしないこともないが、夏の朝の稜線の気持ち良さはやはり忘れがたい。歩くのは秋でいいかなとうっすら考えていた部分もあったが、思い切ってこの時期に出てきて正解だった。百高山という意味では、あとは表銀座を今年のうちに歩かないと。これはさすがに秋でいい。

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