白木峰

4月の初週は鍬崎山の回以来、1か月ぶりの富山行きをして、白木峰を歩いてきた。昨年歩いた金剛堂山と並んでこの一帯はなんとなく富山の裏庭という雰囲気がある。見るからにアクセスの悪そうなエリアだが白木峰は麓の大長谷温泉までコミュニティバスが通っており、朝夕の便を使えば日帰り山行+温泉入浴のきれいなプランが描ける。(バスは日曜運休)


仕事が忙しい4月だが初週はまだ息のできるレベルで、金曜夜の新幹線に乗り込んで富山に前乗りした。駅前には歳納京子がいた。前に来たときは気付かなかったなぁ。主人公は影が薄いので、当たり前のようにここでも使われない。

前泊地のドーミーインに向かう途中、富山城址公園の横を通る。路面電車で移動することもできたが、なんとなく歩くことにしたのが正解だった。夜桜が見頃で、ライトアップされた城とあわさって思わず立ち止まってしまう光景だった。城址公園の中を少し徘徊した。

翌日。大長谷温泉にて9時過ぎにコミュニティバスを降りて、最近歩いていた人のログも参考にしつつ頂上に向かって歩いていく。30分ほど適当に進んでいると、うっすらとしたトレースを見つけて、そこからはその近くをなぞるように歩いた。樹林帯もよく締まった雪質で歩きやすい。

標高1,200mを超えるくらいから周囲の木々に雪が乗るようになって、とうに雪は融けるだけのフェーズに入っていたと思っていたから少し意外に思う。前日に雪が降ったのだろうか。太陽に照らされてパラパラと霧氷が溶け落ちてくる、その音が心地よい。

麓に近い樹林帯では足跡があまりにうっすらとしていたので当日に先行者はいないのかと思っていたが、いつの間にか別ルートから合流してきたのか、明瞭なトレースが道を示すようになった。夏シーズンであればこの付近まで車で上ってくることができる。

4月に入り、地元ではもう当たり前のように雷が鳴るようになって気分はもう冬というより夏に近くなっていた、それだけにこの予想外の霧氷は去っていく冬の儚さを伴ってきらきらとしている。きらきらと感じるのは、サングラスを忘れたのもあるだろうけど。終日とても眩しかった。

頂上に向かって最後のひと登り、いわゆるビクトリーロードという趣きがある。例年と比べてこの雪の量はどうなのだろう。自分の経験に照らすと、なんとなく3月頃の新潟県の雪山を歩いているときに近いものを感じる。黄砂と花粉とで霞んだ空気だけは、明らかに春のそれなのだけど。

麓は桜が美しい頃合いかと思えば、山のうえでは霧氷が見頃。たわわに実った白銀の果実が枝をしならせて、そんな風に頭を垂らす木々がまるで門扉であるかのようにトレースは中央を突っ切っていく。

霧氷は太陽の当たる東側からどんどん溶け始めていて、谷側の氷も数時間もすれば全部溶けて落ちてしまいそうだった。降雪のあとの晴天の、限られた数時間の内にここを歩かないと見られない光景。

頂上一帯で視界が開けたので、あらためて周囲の山々を見渡す。西の方向は、手前に金剛堂山、奥に白山。霞んでいても白山の存在感はあまり変わらない。白山は次は何月に登ろうか。白山カレンダーはまだ12月から3月が埋まっていない。この4か月を埋めるのはなかなか難しい。

白木峰の頂上の標。この付近は少しだけ草地が露出しているところもあった。真新しいトレースが複数あるものの、他に人はいないタイミングだった。三角点は10分ほど歩いた先にあるので、そこまで足を延ばす。

途中はそこそこ急傾斜のところもあったが、頂上までくれば広く開放的な雪原が待っている。無雪期も見晴らしのよい眺めなのだろうと窺える。この日見かけた入山者は片手で数えられるくらいの人数だった。東の方向、北アルプスは物言わぬ迫力で白い帯を空中に描いている。ここから見ると剱岳のピークだけは分かりやすく、それ以外の山は霞の影響もあってか思いのほか同定が難しい。

ピストンで戻るのでも構わないとは思っていたが、時間的に余裕があったのと、ありがたいことにトレースがくっきり付いていたので、隣の仁王山まで縦走することにした。広々とした稜線を繋いで、最後にぐいっと登り返すのだなというのが遠くからでも分かりやすい。

稜線をシャクシャクと下って、最低鞍部から後ろ側の白木峰を振り返る。登り始めが9時過ぎとやや遅かったこともあり、経過時間から感じる以上に時計の針は進んでいる。霧氷を付けていた木々も昼過ぎには元の黒色の印象を取り戻していた。

白木峰からそれほど時間はかからないのだが、こうして振り返るとぐねぐねと長い距離を歩いてきたかのように見紛う。無雪期には仁王山と白木峰の縦走路はバリエーションになるようで、このように気持ちよく歩ける期間も残りはそう長くない。

仁王山からは比較的に北アルプスを近くに感じて、薄い霞の向こうに屹立する山々に思いを馳せる。目を凝らすと槍ヶ岳の穂先がもっとも特徴的で、そこから始めてようやくそれぞれのピークに見当を付けられる。この日はそこそこの好天だが、翌日はまた悪天候の予報が出ていた。いまこの瞬間、あの稜線の上に立っている人はいるのだろうか。

仁王山から大長谷温泉までも、登りでここを通った人のトレースが残っていて、ありがたくそれを辿っていった。雪の量が減りつつあることで一部、突破するのが難儀なブッシュがあった。なるべく雪面を繋ぐように慎重にルートを選んで、麓へ戻っていった。

帰りのバスは16時過ぎだったが、14時前に帰ってきてしまった。麓に一軒ある食堂もまだ冬期休業中。じっくりと大長谷温泉に浸かってもまだ時間はあり、バスが来るまでゆっくりしていってくださいという温泉の方のお言葉に甘えて、休憩室でのんびりくつろいだ。温泉は、露天風呂はまだオープンしていなかったが、内湯だけでも長く入っていると温まり、湯上がりに冷たいものを食べたくなった。

コミュニティバスの乗客は、往復ともに自分一人だけだった。1時間近く乗るのに、運賃はたったの200円。そもそも登山者の利用のための運行ではないのだろうが、もう少し払いたい気持ちになる。タクシーを使えば1万円前後はするだろうに。越中八尾駅からは高山線、北陸新幹線と乗り継いで、その日の内に慌ただしく相模原に帰ってきた。

コメント