9/3。すでに出発してから4日目ってマジ? 宿泊を伴ってあちこち出歩いていると本当に日数の進む感覚が狂う。台風のことをああだこうだ考えていたのはまだ昨日のことのようにすら感じる。朝、ソフトカツゲンを飲みながら少しゆっくりし過ぎて、慌ててドーミーインを出発した。明け方の旭川は晴れ。予報に違わない。念のため市街地にいる内に24時間営業のスタンドでガソリンを入れておく。大雪山系でもこれから向かうのは東大雪エリアで、山域を貫くR39、R273いずれもエリア内にスタンドは皆無。上川、上士幌、温根湯のいずれかでの補給が必須だ。そういえば、ヤマハのレッカーを呼べるサービスはもう有効期限が切れていたかも。ガス欠のみならずパンクで立ち往生しても、あるいは鹿と衝突しても詰む。これから向かう石狩岳は、登山口まで長いダート道なのに。
霧の濃い当麻を過ぎれば、層雲峡まで快走。時折トラックや乗用車に引っかかるがここは北海道。長い直線で余裕を持って追い越していく。三国峠方面に国道を曲がる。まだ十分に早朝と呼べる時間帯なのにすっかり空は青く、そして高く、標高1,000m帯を突き進む国道は着込んでいても結構寒い。薄手のグローブに当たる冷気で手がかじかむ。三国峠のパーキングで小休止した。峠からは、雄大な東大雪の眺めを拝める。なるほどこういう眺めだったのか。三国峠、というか東大雪エリアは、過去訪れようとするその全ての回で天候が悪く、ここの道の景色が実際どんなものなのか実は今まで知らなかった。緑深橋の写真撮影スポットは下山後に立ち寄ることにして、まずは石狩岳の登山口までの道を再開しよう。
気持ちよく国道を流しているとうっかり見落としそうになる石狩岳入口の看板が、ちんまりと右手に立っている。ここから始まる14kmのダート道。砂利どころかもはや岩石というレベルの粒の大きさで、決して走りやすくはない。2速に上げられる区間はほとんどなく、1速で慎重に進んでゆく。ぬかるんでいるような場所がほとんどないのは救いだ。ダートに入ってから早くも8曲くらいがヘルメットの中を流れて、ようやくユニ石狩岳の登山口。車が2台停まっていた。さらにそこから2kmを付け足して、ついに石狩岳シュナイダー登山口。もうすでに一仕事終えたようにすら思う。広々とした駐車スペースがあるが、さすがに平日ということでこちらも車は2台停まっているのみ。登山口の簡易トイレで小用を済ませようとし、ふと便槽に視線を落とすと…なかなかグロテスクで思わず顔を背けた。まあこんな山奥じゃあそうそう片付けられもしないな。シュナイダーコースは短い距離の割に標高差はあり、北海道の三大急登に数えられているらしい。登りが得意な(というか時間を稼ぎやすい)自分にとってはお誂え向きと言える。
(`ュナイター・コ ス)
序盤の渡渉点だけはブレーキポイントだが、そこを除けば軽い身でさくさくとテンポよく登っていける、それでいて稜線に上がれば大展望が待っている、コンパクトでお得な山行だった。問題の渡渉点は、飛び石を探したり、もう靴のままザブザブいくか?とか考えたりしたものの、靴の内側を濡らすのは可能な限り避けるべしと冷静になって、渋々裸足で沢を渡った。チクチクと石粒が足の裏を刺して痛い。そういえば足の皮が剥けている箇所があって、ここから沢水に含まれるエキノコックスの菌が侵入してくるとかある? なんてふいに暗い考えを起こすものの、まあもう別にいいやー。だってなんか何年も先にならないと症状が出ないと聞いたこともあるし、そもそも去年の幌尻岳でも似たようなことは起きているはずだし。
登りの間も下りの間も、羆の気配は特に感じなかった。糞も見つけられず。爪磨ぎで木の皮がガリガリ削れている場所があればテリトリー、みたいな知識はあるものの、流し見程度に適当にしか観察していないせいで、そういう痕跡があるかどうかも判らなかった。知らぬが仏。神の視点ではめちゃくちゃニアミスしていたりして。知らぬが仏。シュナイダーコースの急登区間を越えた先、稜線上を音更山やユニ石狩岳に繋ぐ縦走ルートもあるが、今回はピストン登山にした。頂上からは表大雪の山々、トムラウシ、十勝連峰までもくっきりと見渡せた。とにかくデカいもの、果てしないものが見たい人にとってこの景色は堪らない。大雪山系が日本で一番大きい国立公園であることを思い出す。アルプスのように下界の市街地が遠くに粒々に見えるなんてことはない。樹の海と、波のような山々の輪郭だけが視界の限り続いていく。街から見える峻嶺と、街からは到底視認できない、隔絶された山岳のどちらが良い?ということを比べたいのではない。ただ、こんなに隔絶された場所で、それなのにこれほどに大きく、抱えきれない景色があるのかと思うと…なんというか、混乱してしまう。
復路のダート道もガタガタと車体を震わせながら、なんとか突破した。幸いにタイヤも無事で、最悪転んでも構わないからタイヤだけはこれから先も死守していかないといけないなと思いを新たにする。このあともいくつかの山でダートを走る必要のある局面が出てくる予定だ。行きに唾を付けておいた通り緑深橋でバイクを下りて、写真撮影タイム。糠平国道は今までガスった思い出しかなく、ここを道内屈指のツーリングロードに挙げる心がわからぬ、なんて8年前には思っていた自分が、いまは目を見開いてシャッターを切る。午後になっても湧き上がる雲が少ないのは、夏よりは秋の勢力の方がもう強いからなのだろうか。さて、そんなところで燃料の残りが心配になる。いま時点の残量はそれなりにあるが、明日も東大雪エリアを行ったり来たりすることを考えると、やや怪しい。幸いに午後まだそこまで深い時間ではないことだし、快晴の石北峠を渡って温根湯方面へ油を取りに行こう。
温根湯は油を取ることはできても、セコマはない。峠を下るワインディングを流している内にまたフライドチキンを食べたくなって、温根湯の先、留辺蘂まで行った。そしてセコマを端点に、ピストン運動で石北峠にまた帰っていく。まるでアホのような行程。留辺蘂への往路で不気味に待機していたパトカーが、セコマ帰りの復路では黒い乗用車を捕まえていて、アブねー、という気持ちになった。ほとんど信号はないのに気付けばすでに給油してから数十キロを走っている。ツーリングマップルの縮尺が本州以南と北海道で異なるという罠。町から町が感覚以上に長い。16時過ぎにようやく層雲峡に帰ってきた。この日は温泉宿に泊。わざわざ探して、サウナ付きの施設を選んだ。明日も快晴。層雲峡の小さいセコマ(ホットシェフなし)でおにぎりとパンだけ調達して、早めに眠る。
9/4。考えてみれば、仕事に行く週よりも平均起床時刻が圧倒的に早い。休暇で'リフレッシュ'とか全然体験したことないっすね。。真っ暗なうちに層雲峡を出て、昨日に引き続き三国峠を越えて東大雪エリアに入る。今日も晴れ。今日はニペソツ山。幻の百名山と、山岳の界隈ではそれなりに名を馳せる山である。前日に苦しめられた石狩岳登山口への林道の起点からさらに糠平国道を南下して、幌加まで向かう。混浴の野趣あふれる温泉が有名だが、その入口からほど近いところにニペソツ山への登山口がある。数十メートル程、砂利道があるが、石狩岳を知る者にとっては恐れるに足らず。平日で、まだ朝早いのにも拘らず、さすがの人気ぶりか晴天が呼び寄せるのか、すでに車・バイクが6台停まっていた。
道中で食べればいいかと思っていたレーズンパンを、なんとなく小腹が空いたと感じて出発前に頬張る。日焼け止めも忘れずに塗る。ニペソツ山の最近の登山ログを見ると、とんでもない泥濘がやたらに言及されていて、ゲイターを持っていくかどうか迷う。まあでも浸水するほどの泥濘は…あるだろうか? それが起こる予想確率と、嵩張るゲイターをザックに放り込むマイナスを天秤にかける。結果、ありのままの姿で泥濘に立ち向かうことになりましたトサ。片道12.5kmと示される登山道の、麓寄り8kmが泥濘の目立つ区間で、とはいえ想像していた通り、靴が埋まって水が染み込んでくるほどまでに凶悪なヘドロはない。
ニペソツ山のニペソツの部分はどういう意味なんだろうな。まあ十中八九、アイヌ語で〇〇みたいな語源があって、ということなんだろうけど、カムイミンタラみたいな愛嬌のある発音じゃないし、荘厳そうな意味合いだと予想。なんてことをああだこうだ考えながら長い登りを詰めていく。難しい箇所はない。泥濘は強引にかわして最後まで靴下を守り、笹薮も大したことはない。稜線までの最後の一登り、200m程上げるところが体に響く。かなりの軽装だから余裕はあるものの、テント装備を持って登ることを想像するとそこそこ大変だろう。明日も朝は天気が良いらしいし、幕営日和ではありそうだが。
稜線に着いて、天狗平から頂上までは何とも心洗われる、もはや歩くほど回復してくるようにさえ思えるような景色だった。稜線の一段上がったところのさらに向こうに浮かぶようにドンと頂上部が見えるのが、一筋縄にはいかない山という自己主張のように感じられて、気高い。360度、昨日の石狩岳に続いて大雪山系の果てしない展望で、昨日より少しだけ南に移った分、トムラウシと十勝連峰が近い。その反対方向には糠平湖がどんと見える。日高山脈の方もきっと見えているはずだが、どのピークがどの山で、などは全く見当がつかない。よしよし、よく見えているなという、カメラ的に言えば'F値の低い'満足感で十分で、それを噛みしめる。層雲峡のセコマで買ったおにぎりも噛みしめる。ホットシェフ製ではない普通のおにぎりだが、日高昆布などの具に手が伸びやすいのは、北海道効果か。それにしても、市街地は相変わらず全く見えない。三国峠からニペソツ山はよく見えたので、探せば三国峠のあの国道は少なくともどこかに識別できそうな気もするが、糠平湖以外に、人の手が入った痕跡と呼び得るようなものがこれほど見つからないのも凄い。
下りの泥濘は登り以上に沈まないように気をつけて、ぬかるみを外す形で左右の藪に退避する箇所もあった。終始羆の気配はなかったが、道中、手拍子のような弾ける音がパンパンパンと聞こえた気がして、すわ遂に何かとエンカウントするか、と思ってこちらも熊鈴に重ねてパチンと手拍子をした。数秒後に音の発生源が対向の登山者だったらしいということが分かってちょっと気まずく感じる。羆には会わなかった分、下りでは登山道を我が物顔で進むエゾシカに二度会った。オスは立派なツノをつけていて、こちらが距離を詰めることにも全然怯える様子なく、しばらくして横の藪に消えていった。もう一匹はメスのシカで、こちらは神経質そうに一定の距離を確保して、その内に走って居なくなってしまった。いずれのシカも、尻の方に大量の虫(蝿?)を従えていた。虫たちは接近してきたこちらに鞍替えするかのように、シカが居なくなってからも長らくブンブンと纏わりついてきた。
悪くないコースタイムで幌加温泉手前の登山口に戻ってきた。この日は大雪高原山荘に予約をしていて、まだチェックインまで少し時間がある。糠平エリアと言えば糠平湖、糠平湖と言えばタウシュベツ橋梁? まあそんなこともないかもしれないが、折角晴れているし、なんだかんだ今まで通過するだけで橋を遠望すらしたことがなかったから、国道沿いにバイクを停めて、橋の姿をレンズ越しに眺めてきた。雨季と乾季のサイクルで沈没と浮上を繰り返すようなイメージでいたが、全然そういうわけではなく、むしろ今まさに沈んでいく過程にある(そして冬季に再浮上する)というのが驚きだった。国道沿いに士幌線の廃線跡があり、タウシュベツ橋梁もまた士幌線で使われていた、ということは士幌線はルートの変更があったのだなと合点する。バイクで走っていて、横に廃線跡が通っているのを見るとどうしても胸がキュッとなる。北海道でいえばここ士幌線や、あとは池北線も。初山別のあたりで羽幌線の廃墟じみた橋梁が残されていたのも妙に記憶にある。
ほとんど15時ちょうど頃、大雪高原山荘に落ち着いた。露天風呂をゆっくりと楽しみ、ランドリーのレンタルもあったので、この日の服を早速洗濯した。ちょうど前日、まさにこのあたりの場所で羆(それもヒトに興味を示すタイプの)が現れたらしく、散策路が閉鎖されていた。もう今日は歩くのはいいやー、という気分だったので、その報せはあまり重く響かず、それ以上に山荘までのダート道の厳しいことが印象に残った。チェックイン時にその話を思わず口にすると、支配人も"バイク雑誌に走りやすいと書かれていてそれを信じて来る人が多いが、実際は年によってバラつきがある。ハーレー集団が来て転んでいることもある。今年は雨が少なく、まだマシな方"との談。まさに自身もツーリングマップルの「走りやすい」を信じて、意気揚々と国道を左折したクチだったわけだ。もう先代のCRF(オフローダー)ではないのだから、「走りやすいダート」という概念それ自体が存在するのかどうか疑わしいみたいなところはあるのだが。夜は冷酒「大雪山」を飲んだ。実に久しぶりのアルコール摂取だった。電波が入らないので、「子どもたちは夜と遊ぶ」の続きを粛々と読み進めた。
きちんとした朝食を摂るのは今回の行程で初めてかもしれない。9/5。朝の天気は悪くない。大雪高原山荘には山好きのスタッフもいて、今日は天塩岳に行こうと思っていますと前夜から何度か漏らしていた。ここから少し距離があるから、と、朝食後せかせかと山荘を後にした。ダート道はなんとか突破。すれ違いが煩わしいが仕方ない。二輪と四輪でこれなのだから、四輪同士のすれ違いは地獄だろうな。国道に戻ると滑らかな路面が無性に愛おしく、層雲峡、上川、愛別とさくさく越えて、天塩岳登山口に向かう。道中、水を買っていないことに唐突に気がつき、愛別のセブンイレブンに戻るか、自動販売機があるワンチャンスに賭けるか、もうそのへんの沢水を覚悟して飲むか、そんなことを考えながら、惰性で走り続けていた。登山口まで17kmという表示が出て、ここから自動販売機は絶対にない、もう沢水しかないか。。と諦めた、その数分後。舗装路から砂利道に変わる地点で、通行止の看板が立っていた。
進入禁止を示すロープがぷらぷらとやる気なさげに垂れているのが、また無性にこちらの心を萎えさせる。えーと、つまり、通行止? 歩くのは構わないだろうから、往復18kmの砂利道歩きを加えれば良いわけだよね。つまり3時間半くらいの追加。を、沢水で? いや、そもそも時間的に足りない。というか本当に歩けるレベルの通行止か? 歩行も不可能な通行止もあり得るぞ。色々考えて、一番必要なものを結論づける。「電波」。電波のない舗装路と砂利道の繋ぎ目でどんなに考えてもあまり意味はない。
最近のレコをもっときちんと見ておくべきだった。でもこれは直近のスケールではなく、もっと大枠の部分、北海道でどの山に登ろうかを考えているときに潰しているべきポイントで、まあ、つまるところ、しょうもないミスだな。30分程かけて愛別のセブンイレブンまで引き返して、状況を把握する。天塩岳は8月下旬から降雨に伴う林道崩落で通行止。ただ、歩くことは可。自転車で行っているレコもあった。大雪高原山荘で天塩岳に行くことをどんなに吹聴しても、電波のない山荘のスタッフが、まして大雪山系でもないのに、この情報を知っていることはなかっただろう。天塩岳はもともと暑寒別岳の次、9/3に登る予定だったから、あの晴天の日にこんな間抜けなイベントを起こさなくて良かった、とそれだけは救われた気分になる。朝に頑張って石狩岳まで行って良かった。
ふと不安になって、この先に登ろうとしている山もきちんと登れるか調べる。芦別岳、OK。夕張岳、NG。おいおい。天塩岳がダメと予め知っていれば、代わりに三百名山のニセイカウシュッペ山に行っていただろうが、このタイミングでは移動が重い。まずは今日この日をどうすんだ? そんで夕張岳はどうすんだ?
(続く)
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