粟ヶ岳

三条の割烹旅館に投宿し、夕方、タクシー会社に電話を繋げた。地元の3社に掛けて、どの会社も翌朝の送迎は予約が埋まっていて出来ないと応えた。これは想定外の事態である。だが、そこを何とかと粘る気風でもない。火曜の朝は早朝の時間を溝に捨てて、少し遅い路線バスで始めることになった。


バスの終着の八木ヶ鼻温泉から歩き始めるが、除雪最終点までは何十分も要さない。よく刻まれたトレースが迎えた。前日か当日か、人の入りは多いようだ、これなら道標に困ることはなかろう、この時点ではそう思えた。

樹林帯の印象は薄い。よくある、冬の山である。ただところどころ路面の地肌がちらと覗いて、ここもやはり例年に比して少雪なのだろうなと思う。平日の、穏やかな山で、意外なことに先行者に立て続けにぶつかる。ここを追い越すと、もう今日の先頭のようだった。追い越した辺りで、ちょうど視界の開けた尾根の上に出た。

 
風がときどき強く尾根に当たる。頂上付近は終日10m/s以上の風が吹く予報である。標高1,000mに届かない、手前の尾根の区間でも、頂上より一回り軽いくらいの風がたまに驚かしにくるわけである。さらさらの雪の粒が舞い上がって、前日のトレースをかき消していく。行く手を、研ぎ澄まされたナイフリッジか、曲芸的な技工の要る平均台のようにも見せて、なかなか足が竦む。


前日のトレースが中途半端に残っているのもたちが悪い。垂直じみた雪壁の、それも途中から足跡がこびりつくように刻まれているようなところもあって、やれやれと思う。風雪にいびられつつ、斜面の途中で立ち止まってピッケルを取り出す。滑り落ちても、これだけさらさらの雪では上手く制動が効かないのではないかとも思いながら。


痩せ尾根を突破すれば、頂上手前の斜面は、もうそこまでは要らないというくらいの安心感をたたえて迫る。すると今度は風の勢いが本領を発揮して、後方から絶え間なく雪煙に巻かれる。きらきらと光る雪の粒が陽光を遮ると、眩しさは増長した。カメラのレンズを年末に換えてから、標準のF値が小さいために、なかなか狙い通りの写真が残らない。能力が高すぎるのも考えものである。



頂上に着く。ここまでも既に存在感を放っていた守門岳は後方、そして進行方向右手、福島県側を見れば浅草岳やらが見えるのだろうが、如何せん雪がびしばしと顔を叩くので、首を巡らそうという気にならない。それは脈拍のように吹いては止まりを繰り返し、どうもレンズに付いた雪の粒を拭おうとしているときに限って和らいでいるような意地の悪さを感じないでもない。



下山は加茂側のルートを選ぶ。三条側と同じく、当日ではないが近日のトレースの痕跡がところどころに残っているような路面である。下りの斜面の途中、ある地点まで来るとぴたりと風は止んで、思い出したように快晴の暑さが盛り返す。



ふと振り返って頂稜を見ると、雪の粉が舞い上がっているようには見えなくて、自分が下りた途端に風が止んだのかといつもの後ろ向きの思考がよぎる。いや、そんなはずはない、午後深くなるほど風は強まる予報だったのに。しかし目を凝らしても、雪煙は稜線のどこにも立っていない。

登山口近くまでアイゼンとピッケルはそのままにしていた。貯水湖の直前、ようやく地面が露わになり始め、斜面の途中で不器用に装備を片付けた。腕をまくり上げてもまだ暑い。麓はこれほど無風なのに、たかだか1,200m台の稜線であれ程風が吹き荒ぶのは不思議である。市バスの時間に合わず、車道をしばらく歩くことになった。


約4キロをとぼとぼと歩いて、美人の湯という地元の入浴施設にたどり着いた。たどり着いて目に入ったのは、施設点検のため休館という文字。力が抜けるのを感じた。自分は確かにこれを事前にホームページ見ていたはずである。なぜ今まで忘れていたのか。疑うこともせずに加茂に下りたのはなぜか。がらんとした駐車場を横切った数十秒前でも、その可能性にすら思考は届かなかった。

天気に反して寒々しい駐車場の縁に腰を掛けて、少し汗の染みた服だけでも替えることにする。道中に口にせず終いだった昼食用の握り飯を胃に放り込んで、撮れた写真を見返しているうちに市バスの時間となった。

湯浴みができなくなった分、帰りの列車の時刻を早めた。まだ薄明るいうちに新幹線は新潟駅を出発した。冬の晴れた日に、平野部から見上げる粟ヶ岳と守門岳は、立派である。つとめて左の窓側席を取ろうと思わせるくらいに。そして、ちょっと食い入るように見つめてしまうくらいに。

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