秋深し。
8月、日本百名山を完登しました。最後の一座はトムラウシ山でした。行き帰りには必ずバイクを使うという縛りルールを最後まで守ることができました。そのうちにきちんと振り返りたいと思っているもののなかなか手を付けられずに居ます。
9月、山梨県の山を多数登りました。乾徳山、毛無山、七面山、茅ヶ岳、櫛形山。二百名山に至る道が始まったのです。途中、もう七度目となる白山にも訪れました。9月の白山は初めて。また一つ、白山カレンダーが埋まりました。
10月、二百名山プロジェクトは続きます。池口岳、経ヶ岳、船形山、和名倉山、武甲山、妙義山、荒船山。この時期にしては例年らしくなく、バイクを引っ張り出さず、列車とバスで各地を巡ります。移動中は読書の秋です。
そうして11月。思い立って南アルプス行きを決めて、あれやこれやを詰め込んだザックは肩が崩れそうなくらい重く、途中でダウンしてはしまわないかと心配になります。年内の最終営業日となる北岳山荘を予約しました。天気図を見ると嬉しいことに帯状高気圧が目立っています。
韮崎駅から青木鉱泉まではタクシーを利用しました。バスの営業はすでに終了しています。中腹部は美しい秋色の世界。無心に登っていると、好天もあって暑く、半袖短パンが気持ち良いくらいです。
薬師、観音、地蔵と三山を渡っていきます。ここに来るのは2020年の山の日以来。ナイトハイクで夜叉神峠から歩きました。当時は霧に覆われていた鳳凰山ですが、今回は胸のすくような秋晴れです。
早川尾根の縦走路に入ると途端に人の数は減ります。百高山の一つ、高嶺の付近も視界が開けて良い眺めです。
尾根は広河原峠、アサヨ峰、栗沢山、仙水峠と経て、アップダウンの先に甲斐駒の頂点に続きます。
涼やかな樹林に覆われる尾根を伝って、初日は早川尾根小屋の開放小屋にお世話になりました。想像よりも小ぢんまりとした小屋で、後から到着した2人組と私の3人ですし詰め状態となりました。
夜明け前。重い荷物を置いて、アタックザックでアサヨ峰まで歩きます。前日の鈍重な山行が嘘のように足が進み、頂上には早く着きすぎてしまいました。夜明けまで30分弱、待つことはせず小屋まで折り返します。中途、いつもは白色がちな甲斐駒の山体が美しいモルゲンロートを見せます。
重い重い荷物を拾い上げて、尾根から一度広河原まで降ります。せっかく稼いだ高度をリセット。吊り橋からは、まぶされている程度に雪の白を見せる北岳の頭頂部が見えます。このくらいの標高のところがもっとも紅葉の盛りのようでした。
血を吐く思いで、死体のようにずるずると足を進めます。永遠の上昇ように感じる草すべり。小太郎尾根を往復するような気力は残されておらず、百高山の一角を取り残すことになりました。
日帰りか、私と同様に最終日の北岳山荘に泊まるのか、日本第二の頂上は思いのほか混雑していました。下りに差し掛かっても足と肩は重く、昼下がりに山荘に着いたあとは間ノ岳のピークハントをする余力を覚えず、持ってきた本に目を通したりうつらうつらとしていました。アンディ・ウィアーの「火星の人」を持っていきました。
夏山なら早すぎることもない時間ですが、この時期に3時台に出発する人は多くはないです。どうやら山荘から南進する組では一番乗りだったようで、これまた久しぶりの間ノ岳も暗くて判然としないうちに通過してしまいました。
西農鳥岳を過ぎた頃でようやくヘッドライトを外せるくらいに明るくなり、雲の海の先に富士山とともに太陽が現れました。
冬の農鳥岳はいつになってもよく思い出す記憶です。しかし雪のない連峰の見てくれはなかなか身に覚えのないもので、塩見岳の特徴的なかたちだけが安心感を与えてくれます。
雪を掻き分けて大門沢を登り詰めたとき、あれほど救済の象徴にも見えた下降点の黄色の目印。縦走中にタッチするだけでは単なるランドマークですが、自分にとってはそれ以上の意味合いを持ちます。
広河内岳、大籠岳、白河内岳、笹山。いわゆる白峰南嶺エリアの上から4つを抑えます。笹山の手前の一部を除いて、終始開けた尾根上を緩やかなアップダウンで繋ぐ、そして百高山を複数取ることも出来る、得するルートです。いつの間に、塩見岳はすっかり真横に来ています。
笹山からは奈良田へのダイレクト尾根を下ります。中腹は紅葉の最盛期で、視界いっぱいの紅色に思わず足が止まります。木々の影になにか動くものを感じて目を凝らすと、幸いに熊ではなく鹿でした。笹山の直下から尾根の取り付きまで、ずっと急傾斜のくだりが続くので、ここを登りで通るのは大変そうです。
最終盤、奈良田の吊り橋を渡って、女帝の湯にたどり着きます。少しぬるい湯のなかで強張る肩と太ももをほぐし、湯上がりには早川町の名物、ステーキベーコンと山女魚の塩焼きを食べました。
計画していた15時55分のバスのひとつ前、13時50分発の便に乗ることができて、余裕をもって相模原に帰ってくることができました。高速道路の渋滞情報をニュースで見て、列車とバスでゆく山旅も悪くはないものだと改めて思います。「火星の人」も、無事に帰りのバス車中で読み終えることができました。
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