成し遂げました、大峯奥駈道。本当は先週、文化の日の連休でやろうとしていたものを、強風予報を見て後ろ倒し。11/7(金)に有給休暇を取って、11/7(金)~9(日)の3日間で歩くことに。
ルート計画を作ると、総歩行距離は94.3km、累積標高差(登り)は全体で6,688mとなった。(この距離は吉野駅発)
小屋泊で3等分すると各日約30kmを3日間連続で続けることになり、とてもタフ。だができないこともないだろうと考えた。前週に丹沢縦走を終えて、脚も心肺も割と余裕があるなという手ごたえがあったのも後押しになった。
大峯奥駈道自体は、一昨年に小辺路を歩いたときにいずれはこっちも、となった頃から意識の隅にあり、昨年にも歩くことを考えたものの11月に上手く天気がハマらず。その分は代わりに尾鷲トレイルと伊勢路を歩いた。さて2025年。文化の日連休の悪天を理由にまた来年へ、と先送りする未来も有り得たけれども、歩けそうだという感覚があるタイミングを逃したくないと思い、決行に至る。
大峯奥駈道は、本宮から歩く方が順峯、本宮を目指す方が逆峯とされているが、東京からの出入りのしやすさを考えると逆峯一択。実際、現代の登山者では逆峯の方が主流らしい。
奥駈道のルート上の営業小屋は弥山小屋のみ。ただし計画上は弥山小屋を通過するのは早朝になってしまうので、ここを利用することは前提とせず、したがって2泊3日分の食料が必要。事前に用意したのが画像のラインナップ。いま見返すと貧弱な準備だな〜という気がしてくるものの、これが実は結構余った。右上の月餅x4で1,300kcalを超えるし、プロテインバーも4本で1,000kcalあるから結構強い。(最終的に、月餅x2とSAVASのプロテインバーx2とチーかま1本が余った)
*あくまでこれらは事前準備した食料。初日の朝に大おにぎりx2とチョコパンx2と羊羹x2も追加で調達した。
*弥山小屋の営業期間はちょうどこの週末までだったとのこと。
と、ここまで書いて考えたが、将来的に大峯奥駈道を歩こうとしている人がいるかもしれないので、先に振り返りとか思ったことを書いてしまおう。
今回は2泊3日で歩き切ることにしたが、標準タイムでは5泊6日となるとのこと。この配分で逆峯をやろうとすると、少なくとも5泊目は小屋に相当する施設がないので、テント泊/野営前提になってしまう。すると当然荷物は増える。ゆっくり歩く分装備を増やすか、装備を削る分デイリーで歩く距離を伸ばすか。この辺は個々のスタイル次第でしょうが、標準コースタイム前提のあれこれについては地元の山岳会(新宮山彦ぐるーぷ)などが情報を出しているのでそちらをご参考に。
新宮山彦ぐるーぷ: https://www.shingu-yamabiko.com/
逆峯で、かつテント泊をしないとなると、最後の小屋が行仙小屋となるので、ここが2泊目になることが確定。行仙小屋から本宮は距離的に約3分の1に相当するので丁度いい。
そこから距離で逆算をすると、1泊目は行者還小屋が妥当。もしも吉野をかなり早朝に出られるなら弥山小屋も視野に入ってくるが、これだと(2日目の負担が減る分)初日の歩行距離が長くなるので、日が短い時期には採用しにくい。
初日(吉野~行者還小屋)は勢いが大事。とにかく無心で登っていく。ただ徐々に踏んでいくピークの標高は上がっていく傾向なので、気持ちとしては比較的やりやすい方。(後に登るピークの方が高度が低い、みたいな興醒めポイントが少なく、ちゃんと進んでいる感じが強い)
2日目(行者還小屋~行仙小屋)は総合力が大事。すべてが試される。険しいアップダウンが鬼のように続く中での、気力。加えて登るパワー、足を動かし続ける体力、休息のとり方、これらすべて。
最終日(行仙小屋~本宮)は強かさが大事。ゴールの本宮大社が近付いてくることを意識しても焦らない。最後まで入れ替わり立ち替わり出てくる小ピークを淡々と乗り越えていくタフネスが必要。
今回のコンディションは、初日は晴れ、ときどき強い風。2日目は晴れ、朝のみ高所では風あり、それ以外は微風で暑いくらい。最終日は早朝のみ曇り、以降は中~強の雨。
2日目の天気は重要。ここが強風や強雨だと難度は上がりそう。天候がモノを言いそうな順は、次いで初日、最後に最終日。ただ個人的には最終日の雨もかなり良くなかった。帰路の悪天はそれはそれで萎えちゃうのでね。というわけで理想は全日晴れでしょう。当たり前だけど。
その他の装備面。11月上旬の気温であれば、歩行中の負荷がかかった状態だと暑く感じるタイプなので、基本は半袖+短パンwithタイツ。風が強い時間帯、場所で羽織るジャケットは、使わないときは腰に巻いていました。小学生かな?
防寒着は雨具と兼用でストームクルーザーの上を持参。天気図的に降雨の確率が皆無そうであれば、雨具を持っていかないという選択はアリだと思う。実際、今回もストームクルーザーは最終日の雨中でしか使わず、もし仮に3日間晴れの予報だったら持っていかなかっただろうなと思う。(ただし、紀伊山地は雨が多いエリアなので判断は慎重に)
宿泊用には、小屋泊前提でマットとシュラフのみ持参。小屋の中には毛布や銀マットが置いてあるところもあるそうだけど、さすがにそれをアテにする前提なのは危ない。
靴はスポルティバのアカシャIIで行った。これも選択の余地ありだった。アカシャIIはトレランシューズに分類されるけれども、これまでも南アルプス縦走や長距離/長時間を歩く山行で使用してきた実績があり、全身の重量を考えたときに靴の重さは意外と重要、ということで選択した。ただ木の根や枯れ葉で結構滑ったのと、石や尖った枝がぶつかった衝撃が割とそのまま靴革/靴下越しに足に響いてくる感覚があって痛かったり、最終日の雨での浸水もあったので、ゴアテックスの付いた分厚いモンベルの3シーズン用(アルパインクルーザー)でも良かったかもしれない。こちらは若干重いのは重いが、昨年の尾鷲トレイル一撃チャレンジではこっちを選んで、かなり安定していた。
食料関連は上記した通りだけど、カップ麺とか火を通す系(クッカーやらガスやら)の一式を持っていかなかった理由は、単純に重くて嵩張るから。山行における「食事」という行為の優先順位次第なところもあるが、自分は重い思いをして運んでまでとにかく温かいものを食べたい、というよりは、最低限カロリー摂取ができれば多少味気ない食事でも我慢できる、という考え方に寄ってきていて、奥駈道に限らず最近の山行では温かいものをほとんど食べていない。
水は、秋季の登山での自身の飲量(少ない)と途中での補給を考慮して、600mlボトルを2つ、計1.2Lとした。これが涼しい期間に歩くことの利点で、おそらくGWやもう少し早い時期(9~10月頭など)に歩くとしたらもう少し量があった方がいい。補給地点について、細々したことは下段本文中に。
エスケープ地点は割と結構あり。奥駈道は、釈迦ヶ岳の南にある太古の辻を境界に北エリアと南エリアで分かれるが、北エリアでは山上ヶ岳周辺から洞川温泉に下りることが可能、大普賢岳近くからは和佐又ヒュッテ方面、行者還からも国道に下りることができる。弥山や八経ヶ岳からは多少距離があるが天川村に下りられる。和佐又からは大和上市駅へバスが、天川村や洞川温泉は下市口駅へバスが通っている。
南エリアでは、太古の辻から下りた前鬼口がエスケープ地点の筆頭。分割で奥駈道を歩く人はここに出ていくのだそう。ここからも大和上市駅へバスが通っている。その先、行仙小屋からは下北山村に、玉置山周辺からは反対側、十津川村方面に林道を伝って下りやすい。でもまあ、ここまで来たら最後まで歩き通したいよね。
こんなところかなー。自分は、そこそこの距離をデイリーで歩く山行に比較的慣れていたので、山道を30km/日以上歩くということがどのレベルの負荷なのか、ある程度想像はできていたものの、このイメージがわかない人は結構苦しいと思う。距離30km、登り標高差2,500mを一日で歩くことが(多少疲れるにはしても)苦じゃないよ、という人であれば、準備と天気次第にはなるけれども挑戦の敷居はそこまで高くないハズ。
以下から旅行記?的な山行の振り返りへ。
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11/6(木)、慌ただしく仕事を終えて東京を発つ。幸先の良さそうな空が見えて思わず写真を撮った。
京都で近鉄特急に乗り換え。京都駅がほとんど乗り換え目的で通過するだけの場所になっている気がするここ数年。比良比叡とか歩くついでにまた一乗寺のラーメン屋に行きたいんですけどね〜。
大和八木で特急を下りて、前泊地のビジネスホテルへ、の前に、駅前の中華料理屋で晩ご飯。とんかつラーメンなる異色のメニューが目を引いたものの、なんだか怖くて手を出さず。八宝菜と唐揚げのセットと、あと餃子も追加で頼んでカロリーを補給した。餃子は月並み、唐揚げは美味しかった。
11/7(金)。大和八木から吉野方面に向かう始発列車に乗って(橿原神宮前で乗り継ぎ)、列車は六田駅で下りた。事前計画でも前日昼時点の心持ちでも、終点の吉野駅から歩くつもりでいた。が、前日夜にビジホであらためて大峯奥駈道のコースについて調べていると、厳密なスタート地点は六田駅近くになるとのこと。まあ六田駅から歩くにしても初日の距離は3.5kmくらいしか増えないしなぁ、ということで急遽、六田駅スタートに変更した。
歩き始めてすぐ、おそらくこれが奥駈道の要素。柳の渡しということだけど、
現代では橋を渡って川を越えていきましょうね〜。晴れた空が徐々に明るくなってきて、輝かしい一日の始まり。
一瞬通り過ぎてしまった。とても分かりにくい、さり気ないところから大峯奥駈道の登り口が始まる。
林道チックな道を進んでいくと間もなく吉野神宮。朝早くてまだ中には入れないようだった。外から雰囲気だけ感じておく。
朝の吉野周辺は山の下の方の朝靄が良い雰囲気で、ついつい足を止めてしまう。吉野といえば桜というような感じがするけれども、紅葉にもピッタリの季節で、人の少ない平日朝の時間帯を贅沢に味わった。吉野周辺は温泉施設も多く、順峯だと最後にここに来るのか、それもそれでアリだな〜と思う。
寺社仏閣のことは全然分からないながら、なんだか凄そうな雰囲気を感じて、金峯山寺の蔵王堂にも立ち寄り。ここも紅葉のタイミングが良かった。
まだしばらく車道歩きで距離を稼げるボーナス区間が続く。途中で高城山の展望台にも立ち寄り。
高城山展望台からの下り道。赤色が映える。人気がある場所なのか、平日早朝にもかかわらず大きいカメラを構えた観光客が2人いた。
道脇に出てきた大峯奥駈道の看板。ヤマレコで作ったルートの断面図の凹凸と概ね合致。ルート全体が世界遺産の熊野古道に入っている。長い長い道のりだぁ〜。
まだしばしば車道/林道とルートが被っていたりして、がっつり登山道という印象は薄いが、青根ヶ峰の付近から徐々に山の色合いが強まってくる。手作り山頂標が弱々しい、四寸岩山を通過。
続く足摺の宿跡。建物の戸を開けると、中はこのようになっていた。跡というだけあってここに泊まることは難しそう。この次の二蔵宿小屋も扉が閉め切られていて使えなさそうだった。(11~3月はクローズとのこと)
ようやくそれっぽい登りになってきた、と黙々歩行を続けて、大天井ヶ岳に到着。北アルプスのあっちのピークを思い出す山名だが、こちらは展望なし。樹林の中にぽつんと立っている。
また歩くことしばらく、すると。出た、女人禁制門。
この先、山上ヶ岳は日本で唯一女性が登れない山という。私は修験者ではないけれども、男性ではあるので通過してもOK。ここは五番関の禁制門で、一応女性用にここからの迂回ルートもWebサイトによって案内されているようだが、かなりの遠回りになってしまいそう。
迫真の、"No Woman Admitted"
洞辻茶屋に到着。シーズン中の土日には茶屋の営業がされているようで、そのシーズンとは5~9月頃とのこと。この時期はシャッターが閉まって、少し物寂しい雰囲気だった。この先も茶屋街のような建物が点在していて、人工物に安心する気持ち半分、ガランとしている風景に少し不安になる気持ちも半分。
がらんとした洞辻茶屋にて、ザックを置いて一息。羊羹をつまむ休憩とした。今まで行動食はチューブ系ゼリー系ばかりで、羊羹を食べたのは初めてだったが、かなり良かった〜。カロリー量は180kcalとかそこらなのに、エネルギーが補充されている感覚が強い。これは今後も定番になりそう。
奥駈道にはいくつか目立つ(重要な?)ピークがあり、その中でも最初の大ピークに当たる山上ヶ岳。西ノ覗岩に立つと、西方向に広がる山々、山肌の紅葉がどーんと視界いっぱいに広がった。(ちなみに個人的なルート上の大ピークを列挙していくと、山上ヶ岳⇒八経ヶ岳⇒釈迦ヶ岳⇒玉置山。奥駈道を走る特急列車があったらこの4駅にしか停まりませーん、みたいな)
山上ヶ岳の頂上周辺には宿坊や修験者用の建物が多数あり、ここまでの静かな山道を思い返すと、人工物ばかりの風景が不思議。
登山者とのスライドはここまで大天井ヶ岳で1人とすれ違ったのみだったが、山上ヶ岳周辺では修行をされている人なのかな?という雰囲気の人も急に現れたりして、むしろそういう装いの人のほうがかつては(そして今でも)奥駈道にふさわしかったのだろうに、登山者である自分からは修験者の方を珍しい目で見てしまうな〜、と発見。
山上ヶ岳の頂上にはお花畑があるとのことだが、季節柄か特に花は見かけず。その代わりにか、笹原がそよぐ穏やかな景色となっていた。
人工物がたくさん目に入ってくる山上ヶ岳周辺に慣れてしまったところで、さて気を取り直して、と言わんばかりに奥駈道への復帰を促してくる簡素な矢印。
そして小笹ノ宿を通過。考えてみるとここは女人禁制区域に含まれている。全体通して歩き終えた後に思うこととして、ここを通過できるのは計画構築の上でかなりありがたい、というのは、
ここは数少ない水の補給地点だから。水場のマークはルート上にちらほらあるものの、基本的に信用しがたい(特に渇水期は)ものばかりで、安定して水を得られる場所は限られてしまう。小笹ノ宿は、登山道のすぐ横に、安定して水を汲めるポイントがあるので本当にありがたい。
山上ヶ岳周辺の迂回必須に加え、ここも通れないとなると、大峯奥駈道は女性の方にはかなり制約の多いルートになるのだなとあらためて感じる。
阿弥陀ヶ森の女人禁制門。逆峯で歩く場合には、ここが女人禁制区間の終了地点。五番関から直接ここに来る迂回ルートは無い。(五番関から下りると洞川側=山脈の西側に下りるが、阿弥陀ヶ森は国道169号=山脈の東側としか接続していない)
なんだか由緒のありそうな名前の大普賢岳。ここで朝買ったおにぎりを1つ食べた。少し遅いお昼ご飯。
国見岳、七曜岳と細々したピークを越えていく。初日の行程の終盤に入ってきているが、割と足には余裕がある。それぞれのピークには特に目立ったものがないが、途中で目に入ってくる周辺の山々にはついカメラ(スマホ)を向けてしまって、その停止がちょうどよい足のリカバリーになっている。
日が沈み始めて、肌寒くなってきた。ここまでほとんどずっと半袖で歩き通していたが、さすがに上着を羽織った。その直後、行者還岳の下りで足を滑らせて、腕をついたときに上着を汚してしまう始末。荷物の軽量化のために、この上着は最後まで着るヤツとしていたので、汚したくなかった〜。
行者還小屋に向かう途中の水場。ちょろちょろと、本当にちょろちょろとだけど出ていた。幸い、小笹ノ宿で汲んだ分が大半残っていたのでここでは補充せず。
なんとか16時前に行者還小屋に到着。小屋のドアが押して開けるタイプなのに、引いて開けるものかと思ってずっと引っ張っていて動かず「もしかして開放されていない?」とだいぶ焦った。押して開いたときにはおいおいと拍子抜け。先客が1名いた。
小屋の2階部分を使うことにした。銀マットの残骸と毛布多数。夜は冷え込んだので、毛布をありがたく使わせてもらった。翌朝気付いたのだが、この大部屋の隣に、別室という形で1階部分だけの小部屋があったので、そっちを使えば良かったかも。早朝出発でバタバタしてしまうと心苦しい。
夜は柿ピー、プロテインバー、チーたらをつまんで、少しだけ読書、その後はすぐに眠りについた。
11/8(土)、3時15分起床。試練の日。前日朝に買ったおにぎりを小屋で腹に収めて、予定通り4時前には出発した。暗ーい。何気なく撮る写真がすべて心霊写真みたいになる。
弁天ノ森付近でおそらく熊とすれ違った。明らかに鹿のものとは異なる、ずしずしという足音が数メートル先に。鈴を意識的に鳴らしても逃げていく様子はなく、ただ足音からは少しずつ距離が開いていくのが分かって、おそるおそる歩行を再開した。しばらくは背後にも警戒しつつの歩行。
弥山小屋の手前、ブルーアワーが過ぎてオレンジアワーになりつつある空を掴まえた。
弥山小屋に到着。売店は7時からということなので、まだこの時間では入れず。営業期間&時間内であれば、水や軽食を購入できるとか。
弥山にも一応タッチ。弥山から八経ヶ岳にかけては、2018年、2024年、そして今回2025年と計3回訪れていて、実は登頂回数が多い山だったり。
八経ヶ岳に向かう途中、太陽が出てきた。頂上でのご来光には間に合わず、でも開けた場所で日の出を見られたのでこれはこれで良い。頂上手前の鹿避けゲートがなんだか増えた?、ような気がする。前からこんなに多かったっけ。ゲートの開け閉めにも少し時間を取られる。
八経ヶ岳に到着。このルート上で、山上ヶ岳の次の大ピーク。そして奥駈道の最高地点。
日の出直後の太陽もぴったりとハマる画角。八経ヶ岳は、これまでは晴天予報を信じて登った結果ガスってしまい微妙に、というケースだけだったので、晴れるとこういう眺めなのかというのは新発見。
ここは奥駈道のみならず紀伊山地の最高峰にして、加えて四国を除く西日本の一番高い地点でもある。南方、これから歩いていく稜線もハッキリと見えた。中央やや右寄り、尖っているピークが釈迦ヶ岳。
八経ヶ岳はやや風が当たって肌寒かったので、お隣の明星ヶ岳に移動。ここはそこまで風が強くなく、ザックを置いて行動食のチョコパンを腹に入れた。そのチョコパン、ローソンで売っている「ゴロチョコパン」というやつで、最近これにハマっています。美味しい。東京で買えるのは4ピースに分かれたものだが、大和八木のローソンで買った関西版(?)は、大サイズが1つ、でーんと袋に入っているスタイル。
明星ヶ岳から南は、ずっと2日目の核心部。通り過ぎる池塘に氷が浮いていた。放射冷却で未明から早朝にかけてはかなり冷え込んだのだろう。
仏生岳、孔雀岳と、連続して出てくる小ピークがいずれも登山道から少し離れたところにあるのが厄介。写真は仏生岳。
孔雀岳頂上もスタンプラリーで立ち寄り、と思ったら不可解な靴が置いてあった。なんか怖いよ〜。
いざ釈迦ヶ岳へ。頂上手前に急登があり、なかなか心を折られる。八経ヶ岳を離れて以降は静寂の縦走だったのが、この釈迦ヶ岳の前後ではまた人の数が増えた。
釈迦ヶ岳に到達。釈迦如来立像の存在感が強い。頂上周辺には多数の登山者が集まっていた。二百名山であることに加えて、この快晴で、紅葉シーズンであることも大きいのだろう。
絶景を眺めながら、この日二度目の行動食には、また羊羹を。やっぱり美味しいし、サイズの割には満足度が高い。
道中で結構参考にするこの標識。弥山から結構歩いてきたなという実感は確かにありつつ、玉置神社まではまだ31kmかぁ。
メイン縦走路を離れて、大日岳にも立ち寄り。とはいってもここも修験者が行く大峯奥駈道の通過ポイントに含まれていて、修験者の行場にあたるよう。(おそらくハードな岩の登り方をするのだろう、と推測)
一般登山者用には岩を迂回して比較的簡単に歩けるルートがあり、そこを通った。
さて、奥駈道の南北境界、太古の辻に到着。二分割で歩く場合はここから前鬼口に下りていくことになるので、ルート上でたくさん出てくる◯◯辻の中では比較的重要性が高い地点と言えそう。この周辺では山岳会?と思われる集団や、学生の集団登山?と思われる集団にエンカウントした。
太古の辻にて設置されている看板。本宮の名前がここで初めて出てくる。45キロ。おえー。
ただ歩いている最中は、持経ノ宿が8キロ先という事実の方が重くのしかかってきて、まだ午前中とはいえ、そもそもまず今日を計画通りに歩けるのだろうか?という不安がじわじわと上ってきた。
正午近くになって暑くなってきた。昼には風もほとんどなくなって、この時期なのに半袖でもじわりと汗が滲む。風呂に入りて〜〜、という心の叫びとともに南部の稜線を写真に残す。樹林帯の歩行が多いながら、ところどころでは見晴らしが良い区間も出てくる。
丹沢縦走では手付かずで終わってしまった月餅を、ここで。美味しいじゃないか。あんこがぎっしり詰まっていて、エネルギー源を渇望している体に染み渡っていく。行動食に月餅を、という言説はあまりネット上でも見ないけれども、これは結構アリじゃん。
証誠無漏岳、阿須迦利岳となんだか仰々しい名前のピークを越えて、さすがに結構キツいなと思いながらようやく持経ノ宿に到着。持経ノ宿からは平治ノ宿、行仙小屋と小屋が続いていく。計画ではこの日は行仙小屋まで。ただし、もしも平治に着くまでに16時を過ぎたら、平治に泊まろう。そう思っていたが、時間的にも行仙着がどうにかなりそうな見通しが立ってきた。
持経ノ宿もまた、水分補給の観点で重要な地点。ほとんど平坦な林道を5分ほど進むと安定して湧いている水場に着く。
水場はここ。ここで1.2L分汲んだ。2日目は快晴のおかげで喉が渇き、水はほとんど尽きかけていた。全体量が1.2Lというのはあらためてなかなか際どいラインだった。(夏場なら考えられない) 小笹ノ宿と持経ノ宿で水を取る前提での、限界値だと思う。
平治ノ宿。持経ノ宿から2km未満なので、持経ノ宿で泊まるくらいならここまで頑張ろう、という気持ちになりやすそう。ただ小屋としてのサイズは持経よりも小さい様子。
2日目最後のピーク、行仙岳。日が傾き始めたが、風がさほど強くないこともあって前日ほどには肌寒くない。行仙小屋まで1kmを切って、長かった2日目にもようやく終わりが見えてくる。
行仙小屋に到着。なんとか日没前に着いたー。さすがに疲れたよ。一切車道や林道の類いなく、ひたすら山道で35km超え。標高差はヤマレコで2,800m、Garminでは3,100mを超えていた。鎖やロープの区間もあり、そこを休憩込みで12時間ちょいは、なかなか頑張った方でしょう。
小屋に入ると、地元の山岳会の方(ひょっとして新宮山彦ぐるーぷの方々?)が数名いて、会合をしていた。夜には美味しそうな料理の匂いが漂ってきた。こちらは小屋の隅をお借りしてまた柿ピー、チーたら、プロテインバーをせっせと腹に収める、義務としての食事。あと1日の我慢だから、と下りた後の贅沢を夢想しつつ、眠りについた。
11/9(日)、最終日。最後に天気予報を確認した木曜夜の時点では、日曜日は曇りのち雨、午後から雨が降るということだったので、雨降り前に距離を稼ぐべく、2時50分に起床して3時半前には出発。朝は最後の1個となったゴロチョコパンを腹に入れた。行仙小屋の中は電気の設備が通っていて明るいが、外に出れば当然漆黒の闇、おそるおそる、しかし雨が降る前に、と若干せかせかしながら進んでいく。
雨はまだ大丈夫、ただ霧が濃くなってきた。暗い上にガスで視界がモヤモヤするので一層厄介。最終日は、まずは1,300mを超える笠捨山まで登り返しとなる。この高さのピークはここが最後。
なんか撮っていた鎖の写真。夜に撮った写真は全部心霊写真にしか見えないよ〜。
雨に打たれながら、玉置山に到着。自分的大ピークの最終峰。でもエモーショナルな気分にはならず、雨に濡れて厄介だ〜、という気持ちが先行してすぐに出発した。
喫煙所という名のテントスペースがあり、雨を凌げそうだったのでここにザックを置いて一息。この山行で2個目の月餅を腹に入れて、ストームクルーザーを羽織った。幸い、樹林が雨を弾いてくれていたおかげもあり、この時点でも全身濡れ鼠という程にはなっていなかった。
玉置神社の駐車場まで行けば自販機があったようだが、パス。水の残量は結構厳しいところまで来ていたが、降雨のおかげもあって渇水感はあまりなく、本宮まで残り十数キロ、まあどうにかなるだろうと判断。玉置神社周辺の賑わいも少し奥駈道を進めばまた静寂に取って代わられて、この周辺は整然と立ち並ぶ木々や靄がいかにも紀伊山地という雰囲気を醸し出している。
雨を浴びた木から、樹皮を伝って泡が流れて、下に泡だまりができていた。なんだこれ、触ったらヤバいやつ?と思って遠巻きに写真を撮るだけにしたが、調べるとこの泡だまり、樹幹流という現象に伴って見られることがあるらしい。白い泡が結構目立つので、出会うとギョッとする。(こういう木が2本あった)
黙々と下っていくと、たまに登山道の上をうごめく物体が。それはだいたいカエルです。そのなかでも特大サイズのデッカいカエルがいたのでつい写真に残した。ヒキガエル。人の気配に気が付いて、ひょこひょこと動いていくのがちょっと間抜け。
雨を浴びた木から、樹皮を伝って泡が流れて、下に泡だまりができていた。なんだこれ、触ったらヤバいやつ?と思って遠巻きに写真を撮るだけにしたが、調べるとこの泡だまり、樹幹流という現象に伴って見られることがあるらしい。白い泡が結構目立つので、出会うとギョッとする。(こういう木が2本あった)
黙々と下っていくと、たまに登山道の上をうごめく物体が。それはだいたいカエルです。そのなかでも特大サイズのデッカいカエルがいたのでつい写真に残した。ヒキガエル。人の気配に気が付いて、ひょこひょこと動いていくのがちょっと間抜け。
雨に濡れた木々や落ち葉はスリッピー。細心の注意を払って下っていき、ようやく吹越宿跡まで下りてきた。正午を知らせるチャイムが町で鳴っているのが聞こえてきたりもして、下界がいよいよ近付いてきていることを実感する。とはいえここまで下り一辺倒というわけでもなく、玉置山から先も大森山や五大尊岳、大黒天神岳といった小ピークの登り返しが続々と、たいへん苦しい。登り返しの度、お前(ピーク)のこと誰が好きなん?という良からぬ気持ちに支配される。雨濡れで鬱憤が溜まっているのも大きい。
感慨もひとしお、と言いたいところだけど雨濡れのフラストレーションが若干上回るのと、上手く行けば乗れるかもと思っていた一本前のバスに間に合わなかった無念のほうが強い。
熊野川を渡渉して大斎原に出ていくのが正しい奥駈道の歩き方のようで、ヤマレコなどでも渡渉で締める記録を見かけるが、さすがに雨の中を川渡りするのはなあ、と思って素直に現代的な川越え。ちょっと歩行距離が伸びるけど、備崎橋から本宮に向かえる。
熊野川はそこまで水量があるわけでもなさそうだった。車道はぐるっと外巻きにして、中央右寄りに見える本宮に向かっていく。
ちゃんと世界遺産大峯奥駈道の看板があった。
ちゃんと世界遺産大峯奥駈道の看板があった。
本宮周辺では登山スタイルの人々(外国人多め)がたくさん居たけれども、大峯奥駈道に入っていく、あるいはここから出てくる人はほとんどいないのが不思議。みな登山装備でどこに行っている/どこから出てきているのか? 歩きやすさ的に、小辺路かなあ。
渡渉したら直接ここにやって来る、大斎原。車道からアクセスした。大鳥居が荘厳な雰囲気で、目立つ。がっつり降雨(パラパラ、というよりはザーザー寄り)ながら、観光客がとても多い。傘無しドロドロ、2日風呂無しの登山者は肩身が狭く、手早く写真だけ撮って去る。
本宮周辺には湯の峰温泉や川湯温泉など高名な温泉地があるけれども、観光客で賑わうこれらはパス。狙い目はバスで少し南に行ったところにある入浴施設、熊野川温泉さつき。一昨年の小辺路のとき以来に再訪して、ここで全てをリセット。本当に気持ちの良いお湯だった。雨はまだ散発的に降っていたが、幸いバス停から温泉までの数百メートルの移動ではさほど濡れなかった。湯上がり、16時半を回るとようやく雨雲も一段落して、流れていくガスといまさら存在を匂わせてきた弱々しい日の光を撮る。
そして。遂に到達した、熊野本宮大社。
でも実際、感動の到着という感じはゼロで、雨脚が強まってきたのでヤバイヤバイ、と神門の屋根の下のところで一息ついていたら、あ、ここゴールじゃん、と気が付く間抜けな終わり方。ヤマレコとGarminのログを慌てて止めた。
計画では94.3kmだったのに、いざ終えてみると110km。まあ2日目の時点で72kmを超えていたので、そうなる気はしていたよ。GPSの測位によるブレもあるだろうけど、Garminの方の歩行距離を累計するとこちらも109.7kmだったので、やっぱり計画距離94kmより実測値110kmの方が信頼できそう。
まさか100km超えの山行を年に2回もすることになるとは思わなかった。それに登り標高差8,656mもなかなか見ない数字。一続きのトレイルでこの強度になる登山ルートは、日本国内にそう多くはないでしょう。まあアルプスで色々組めばできそうではあるけど、でも大峯奥駈道は真っ直ぐ一本線で、歴史もあるところが唯一無二だなあ。
下山直後は、雨に対する対処に思考のリソースを割きがち(このあとどうする?)だったが、徐々に、じわじわと歩き通せたことの実感、感慨が昇ってきた。
もしイケれば乗ろうと思っていた一本前のバス(13:25本宮発)には間に合わなかったので、予定通り14:45発の便に乗る。お尻を含めて割と全身がしっとり雨濡れしていたので、座席には掛けられず。立っている最中、お腹が減ってきた。考えてみればこの日は朝のチョコパンと、玉置神社での月餅しか腹に入れていない。そりゃカロリー不足にもなる。
本宮周辺には湯の峰温泉や川湯温泉など高名な温泉地があるけれども、観光客で賑わうこれらはパス。狙い目はバスで少し南に行ったところにある入浴施設、熊野川温泉さつき。一昨年の小辺路のとき以来に再訪して、ここで全てをリセット。本当に気持ちの良いお湯だった。雨はまだ散発的に降っていたが、幸いバス停から温泉までの数百メートルの移動ではさほど濡れなかった。湯上がり、16時半を回るとようやく雨雲も一段落して、流れていくガスといまさら存在を匂わせてきた弱々しい日の光を撮る。
特急南紀に乗って、名古屋まで。名古屋からは新幹線に乗り継ぎ。夕暮れ時に新宮という紀伊半島の海沿いに居て、それが夜10時過ぎには東京に戻れてしまうというのもなかなか凄い。山行中に撮っていた写真を見返したり、整理したりしているうちに時間はあっという間に過ぎて、本当に気が付いたら東京に帰ってきていたような感じがした。
振り返りのようなことは冒頭の方に書いたので、パス。でもしばらくはこんなロングトレイルはお腹いっぱいかな〜。なんて考えながら、月末付近に比良比叡を狙おうとしたりもしつつ。
その後。眠気半分、食い気半分という状態だったけど、家の近所のジョナサンが終夜営業していたのでここに入ってお疲れさま会。ヒゲは伸びっぱなし、靴もじっとり濡れている、という酷い状態だったけどもうどうでもいいや〜。そしてタンドリーチキンとメキシカンピラフがうめェ〜。
それにしても阿知賀編の16話で、高鴨穏乃が大峯奥駈道を庭のように駆け回っていた(!)ということが言及されるわけだけれども、やっぱりシズはすげえや。
それにしても阿知賀編の16話で、高鴨穏乃が大峯奥駈道を庭のように駆け回っていた(!)ということが言及されるわけだけれども、やっぱりシズはすげえや。
"修験者が修行のために歩いた深山路、そこを修行ではなく庭のように駆け回っていたという…その幽邃の地で一人、穏乃は何を感じ取ったのか"
"あの頃、山の中で独りでいることが多かった。だからこそ、自分自身というものをはっきりと感じ取ることができたし、色々と考える時間ができた気がする。いつか意識は自然の中に溶け込んで、深い山のすべてと一体化しているような、そんな気分にもなったんだ"
"現実の修行の山路も、有為の奥山も越えてその先にいる深山幽谷の化身…その穏乃を相手にして、嶺の上で花は咲くのか?"
⇒そういえば花はあんまり咲いていませんでした。秋だからなのか、穏乃のパワーなのかは不明。
⇒そら奥駈道を庭にしてたら、こんな迫力にもなる。
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